荒城の月 6 「いつか私を襲う時、何をするか言葉で教えて下さい」 「……」 ……気持ち悪い事を言う奴だ。 だが、ここで引くのは絶対に悪手だった。 「いいよ」 言いながら枕に頭を乗せ、少し考える。 ここは慎重に進めなければ。 ダブルベッドに二人並んで寝ているのに、行動せず言葉だけというのは 何とも奇妙な気分だが。 「Lよりは、優しくしてやるよ」 「……はい?」 「一つ一つ言って行くから、されるのは耐えられないと思った時点で止めてくれ」 ニアは、怪訝な顔で頷いた。 「まず、そうだな……覆い被さってその手を押さえつける」 今からニアを抱くなら……自分が自分の意志で男を抱くなんて考えたくもないが 無理矢理想像して、手順を口で説明していく。 「痛くないようにしてくださいね」 「そこから弱音吐くなよ。それから、そうだな、首筋を舐めて」 「……いきなりですね」 「ああ。耳も少し舐めたり……穴に舌を入れるかも知れない」 「……」 試すつもりで、前触れもなく気色悪い事を言ったが、隣では無言で 首を竦めた気配がしただけだった。 想像してくすぐったくなったのだろう。 「それから、左手でパジャマのボタンを外して……」 「そんな事をしたら、右手であなたを殴りますよ?」 思ったより忠実に、体勢を想像しているらしい。 それならそれで……。 「そうか。ならその間、口を塞いでキスで気を逸らすか」 「キス?」 「そう。まず口を塞いで、舌を入れる」 「多分、全力で唇を閉じます」 「舌の力って結構強いんだ。こじ開けて、歯を舐める」 「下手したらあなたの舌を噛み切ってしまいそうですが」 「お前にそんな事は出来ないさ。 歯茎を舐めていたらおまえはきっとくすぐったくなって歯を開いてしまう」 「……舌、入れるんですか?」 「ああ。入れて、おまえの舌に絡めるよ」 「……」 「大丈夫。他人の唾液って、意外と変な味しないから」 「……」 予想通り、ニアはキスもした事がないようだ。 隣で、こくりと唾液を飲む音がする。 顔を見たいが、反応を観察している事がバレるので我慢した。 「そうしておまえが口の中の事に夢中になっている間に服を脱がせて、 それから体を舐める」 「舐めてばかりですね」 「仕方ないよ。僕が今使えるのは口と左手だけなんだから」 「体の、どこを舐めますか?」 「そうだな……鎖骨あたりを軽く噛んで、それから胸を舐める」 「ああ……」 衣擦れの音。 微かに揺れるマット。 身を捩っている。 僕に乳首を舐められる所を、具体的に想像している……。 「舐めて、おまえが気持ち良さそうだったら軽く歯を立てて水を差してやる」 「……性格が悪いというか、何がしたいんですか」 「焦らした方が、余計に気持ちよくなるんだ」 「そんなものなんですか?」 初心な反応だ。 まるでセックスに興味津々のローティーン。 だんだん、お互いの立場を忘れているんじゃないか? 「ああ。それから、そうしながら左手をパンツの中に入れる」 「いよいよ変態くさいです」 「おまえのペニスを指で撫でて、勃っているかどうか確かめる」 「……」 ニアが、落ち着かなげにもぞもぞと動く。 先程の調子で具体的に想像して、居ても立ってもいられないのだろう。 「その後、上に向けて睾丸と一緒に揉む」 「……怖いですね。急所を掴まれるのは」 「大丈夫。気持ち良くしてやるよ」 少し擦れた声に気を良くして、一旦言葉を切って。 そして。 「Lだって、この左手で勃起した」 「!……」 いきなりLの名を出すと、ニアは大きくびくん、と震えた。 予想以上の反応に、僕までギョッとしてしまう。 それから、まるで幽霊でも見たかのように、恐怖と驚愕が入り混じった顔で こちらを凝視する気配がした。 僕はニアに見えるよう、さっきの彼のように左手を天井に向けて広げる。 「この手で。Lを勃起させた」 「……」 「目を細めて耐えていたけれど、その内、目を」 「もう良いです」 ニアが突然、声を大きくして遮った。 少し激しい動作で片膝を立てる。 もしかしたら、勃ちでもしたか? 「そう?こんな中途半端な所で?」 揶揄うつもりで言ったが、ニアは腹を立てた様子もなく、 細く長く息を吐いた。 それから長い間無言だったので、このまま寝てしまうつもりかと 思った所で…… その体が不意に、こちらに向けられた。 「……」 手が、さりげない振りを装った手が、するりと寝間着の合わせ目から 入り込んで来る。 何だ……? 手は、勿論愛撫のような動きなどはしなかったが、その不器用さ故に 却って意図が見えなかった。 本当は、もっと僕の肌に触れたいのか……? その指の腹はただ、冷たく湿っている。 「ニア」 「……」 「男と……」 言い掛けて、唾が絡んだ喉をごくりと鳴らしてしまう。 少し考えてから、 「キラと……大量殺人犯と、セックスする覚悟が出来た?」 「……」 すぐに答えが返って来ない事は予想出来たので、 言い終わってから数をカウントする。 七秒と半分過ぎた時、 「いいえ」 やけにシンプルな答えが返ってきて、 湿気を帯びた指は潮が引くように去って行った。 「……そう。レッスン終了だな」 「いえ。明日は、続きをお願いします」 「本気か?」 「はい」 ニアはもう一度仰向き、ただ無言で今度こそ瞼を閉じた。 ベッドヘッドからのライトが、睫毛の影を頬に落として 少し大人びた、だがやや女性的な顔に見せていた。
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