荒城の月 5
荒城の月 5








ニアに顔を近づけながら言うと、遂に目を逸らした。
穴が開くほど天井を見つめ、口の中で歯を食いしばっている。

もっともっと追い詰めたい気持ちを抑え、僕はニアの反応を待った。
十秒、二十秒、ニアは動かない。
三十秒……、四十五秒。
漸く、口を開いた時には唇が乾いて少し開きにくそうだった。


「……私は、負けず嫌いです」

「で。Lに対抗して同じ事をしているつもりか?
 驚く程ガキの思考だな」

「……」


怒りも露に眉を寄せるが、まだこちらを見はしない。


「言ってやろうか。
 おまえは、Lと同じ事をしているつもりでも何一つ勝ててないよ。
 まず、Lは自分が右手に手錠を着けていた。僕の右手は開けてくれたんだ。
 背中を洗ってくれるのもずっと上手かった」

「……」

「それに、」


少し顔を近づけて、耳元に囁く。


「……Lはカラダも、良かったよ」


ニアは目を見開き、今度こそ火を噴きそうな瞳で僕を睨んだ。


「そうですか。
 では私の方が良かったら、Lより上だと認められますね?」


思いがけない反応に、思わずこちらがたじろいでしまう。
こいつは、何がしたいんだ?


「Lと僕の事を見てはいなかったんだな?」

「はい」

「男同士のセックスって、何をするか知ってるのか?」

「……」


ニアが、初めて戸惑ったような困ったような顔を見せた。


「……私の理解する、知識が正しいのかどうか自信はありません」

「さっきはああ言ったが、僕が本当におまえを襲えば
 おまえは死に物狂いで抵抗すると思う」

「しません」

「するさ。そうせずには居られない」

「……」


ニアが、何をどう理解しているのか知らないが、
尻にブチ込まれて平然としていられると言うのなら、大物だと思う。


「そして、今のお前に本気で反撃されたら僕は保たない。
 傷口を突かれたら終わるしね」

「まあ、それはそうですね」

「だからせめて。
 おまえが抵抗したくても出来ない程体力が回復したら、
 いや、おまえが自分に言い訳出来る程に僕の力が強くなったら
 抱いてやるよ」

「いりません、そんなに上から目線で言われる程の事ではないでしょう」

「……そうだな」

「……」

「……っくっく」


僕は、つい噴出してしまった。

抱いてやる。
いりません。

その遣り取りをしただけで、張りつめていた緊張の糸が一気に緩んだ。
笑って初めて、自分の肩に力が入っていた事に気づく。

ニアも苦笑のようなものを浮かべていた。
こいつのこんな顔を見たのも初めてだ。


「……というか、Lを越えるってそういう事じゃないんじゃないか?」

「まだ時間はあります」


ニアは、短めの指を組んで掌を返し、ストレッチをするように
天井に向けて伸ばした。


「認めましょう。私は何か一つでもLに、勝ちたい。
 その種目が、Lが死ぬほど拘るあなたであれば、良いと思います」

「Lは僕が嫌いだし、拘っているとも思えないけれど。
 何でも良いからとにかくあいつに一泡吹かせたいって事?」

「……まあ、そのような事です」


僕はまた、声を上げて笑ってしまった。
だって、何年も掛けて僕を追い詰めた男が……
L程鋭くはないが、Lより質が悪いと思っていた男が、
こんな幼稚な精神構造をしていたなんて。

ニアは憮然としていたが、笑われるだけの事を言った自覚はあるのだろう。
何も反論しなかった。

……だんだん、こいつらの関係が見えてきた。

ニアは、Lに負けたくない。
しかし現時点で徒手空拳で対峙すれば負けると思い逃げている。

Lは恐らく……ニアを自分の支配下に置きたいと考え、追っている。

ニアが僕を連れて来た理由……それは、Lと対立する理由が
僕の処遇に関する事だからだろう。

ニアは、僕の処刑の期限を定め、その時までにキラ事件に関して
聞き出せるだけの事を聞き出すつもりだ。

という事はLは逆に、キラ事件の事を全て聞き出すまでは
僕を処刑しない方針か……。
いや、僕を憎んでいるから、事情聴取も抜きで即自分の「こだわりのレシピ」で
殺したいのか。

いずれにせよ、ニアさえ懐柔できれば僕の生存率は一気に上がる。
気付かれないように、媚びない様に、調子に乗らせないように
手なづけるには……。


「いいよ。協力しよう」


ひとしきり笑った後、軽く掛けた言葉に、ニアが眉を上げた。
だが、さすがにすぐに頭を切り替えたらしい。
冷静な声に戻る。


「それは有難いですね」

「何をすれば良い?」

「ではまず、『男同士のセックス』とやらを、教えて下さい」

「え……」






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