荒城の月 4
荒城の月 4








面白いもので、つい先日まで不倶戴天の敵と思っていた相手でも
一日トイレや風呂まで一緒という生活すると緊張が解けてくる。

後がない、殺人犯である僕よりも、ニアの方がより張り詰めていただろうが……。
ベッドルームに行く頃には軽くぶつかったりする程度には油断していたし
それに対して「あ、すみません」「いや、」と何気ない遣り取りまでするようになっていた。

それでも寝室に入った時には……。


「ダブルベッド……ですか」


さすがのニアも少し怯んだようだった。


「Lが少しでも鎖に引かれるのが嫌だと言って。
 でも、離してシングル二つにする事も出来るよ。どうする?」

「いえ。私も大丈夫です」


ニアは何の強がりか、躊躇いを振り切るようにダブルベッドによじ登る。
こちらとしては出来れば離して欲しかったのだが。

しかしこうして帰ってきてみると、改めてあの男と長期間
ダブルベッドで寝ていたという異様さを突きつけられるようだ。

当時の僕は記憶を失っていたから、とにかく濡れ衣を晴らすのに必死だった。
Lと寝て信じて貰えるというのなら寝る、という程に。

だから逆に、キラとしての記憶を持っていたらあの生活には絶対に
耐えられなかっただろう。
それ程、一人の人間と二十四時間対峙し続けるのにはエネルギーを要する。
隠し事をする余力なんか残らない。

それなのに。
そんな僕を観察し続けながら、心の内を全く見せなかったLはやはり、
人間離れした鋼鉄の意志を秘めていたのだと認めざるを得なかった。


左手に手錠をしているニアは、僕の右に横たわる。
僕も、間で鎖をまとめて彼の左側にゆっくりと寝て裾を裁き、毛布を被った。
傷が楽な体勢を探している間も、ニアは微動だにしない。


「じゃあ、寝ようか」

「はい」

「おやすみ」

「……おやすみなさい」


敢えて、囚人と言う立場を忘れた振りをして声を掛けたが
ニアは逆らわない。

一体、何を考えているんだろう……。
最早、僕を監視し続ける意味などないのに。


「ニア」

「……」

「怖くはないのか?」

「……怖いですよ。殺人犯と一緒に寝るのは初めてですから」


……デスノートを取り上げられた僕は、一般人並に無力だ。
その事はよく分かっているだろうから、単なる嫌味だろう。


「じゃなくて。僕と……Lの事、聞いてたんだろ?」

「……はい」

「なら、こんな風に同じベッドで寝たら、危ないと思わないのか?」

「……」


ニアは、枕の上でくるりとこちらに顔を向けた。
薄明かりの中、Lに似た無表情な……それでもLほど無機質ではない
真っ黒な目でじっとこちらを見る。
数秒経って、我慢できずに何か言おうとした瞬間、漸く口を開いた。


「……私は、あなたとそうなっても良いと思っています」

「……」



……なんだって?



間抜けな声が出なかったのが奇跡的だが。
今度は僕が黙り込む番だった。


何の罠だ……?


まず思い浮かんだのは、何を試しているんだ?という疑問。
しかしどう考えても、ニアが僕と寝たいと言った結果、
何らかのメリットが生じるという状況が想像付かない。

ニアの言葉に、意味を見出す事が出来ない。
一体これは……。
混乱したが、漸く息を吸って落ち着いた声が出せた。


「……『追う者』と『追われる者』が、セックスをするなんて変だ」

「男同士が、とは言わないんですね」

「そこから始めて欲しいのか?」

「いえ。ただせめて、『探偵』と『犯罪者』と言って欲しいものです」

「……」

「あなたは既に捕まっているのですから。それとも、
 まだ自分が『犯罪者』だと認めないつもりですか?」


……ああ。僕は、確かに悪人に死を与えたが、罪を犯したとは
今でも微塵も思わない。
それを言っても平行線になる事が分かっているので反論しないが
そんな事よりも。


「同じ事だ。犯罪者と寝たがる探偵も、おかしいだろ」

「Lだって探偵です。あなたを『追う者』でした」


だから……あいつはおかしいんだって。
僕は遂に耐えられず、体を起こして上からニアの顔を覗き込んだ。


「おまえ、何なんだ。どうしてそんなにLに対抗意識を持つ?
 おまえにとってLは一体、何なんだ?」

「対抗意識……、なんかでは」

「対抗意識だよ。ずっと気になってたんだけど今分かったよ。
 おまえが僕に手錠をつけ続ける理由」


そうだ。
ニアの、あらゆるベクトル。
それは全てLの行動をなぞっている……。


「おまえの僕に対する行動原理は全て、『Lに出来たなら私にも出来る』だ」


ニアは、気丈にも真っ直ぐに僕を見たまま目を逸らさなかったが、
やがて、ゆっくりと瞬きをした。


「Lが僕と手錠で繋がって生活出来たんだから、自分にも出来る。
 Lが僕と風呂に入れたんだから自分だって入れる」

「……それは」

「Lが僕の世話が出来たんだから、自分だって出来る。
 Lが僕と同じベッドで寝られたんだから、自分だって寝られる」


知らず、早口にまくし立ててしまっていた事に気付いた僕は、
一旦口を噤んで、最後はゆっくりと言葉を切った。


「『Lがキラとセックスしたんだから、自分にだって、出来る』」






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