背水の陣 1
背水の陣 1








ハル・リドナーが、ワゴンに食事とシーツを乗せて入って来た。

その平然とした様子から、恐らくLとの事は知られていないと思うが
患者衣が寝間着に変わっている事にも驚いていないので、はっきりとは分からない。


「ライト、起きられますか?」


……アメリカ人だからだろうか。
いきなり、カジュアルに名前を呼ばれて驚いた。

僕を「ライト」と呼んだ人達は、今は皆遠い。
ああ、死神も。

父さん……母さん。
ミサ。

それからもっと遠い、高校時代の……デスノートを拾う前の友達。



「起きられたら、あちらのテーブルで食事を採って下さい。
 良ければその間にシーツを換えます」

「ああ」


ベッドから足を下ろす時は尻に体重が掛かって痛いが、何とか立てた。
肩も脇腹も痛みは減っているので、自力歩行に差し支えはない。

それでも少しふらつきながら、窓の傍のテーブルに向かう。
固定された親指の付け根にスプーンを挟む作業にも、もう慣れていた。


「人体は面白いね……たった数日歩かないだけで、こんなに足が萎えるなんて」

「宇宙飛行士も宇宙船の中でトレーニングしておかないと、
 地球に戻ってきた時に歩けないと言います」


どうせ無視されるだろうと思いながら言ったので、
雑談に応じてくれた事に軽く驚いた。
だがその驚きを表わさないよう、野生動物を相手にする程の慎重さで
意識的に何気なく会話を続ける。


「ああ、実感してるよ。普通に歩いただけで筋肉痛になりそうだ」

「気を付けて下さい。今転んだら、傷口が開きますから」

「気を付けるよ。ありがとう」


……やはり、いくら何でもおかしい。
ニアの指示か?
いや。長い間話していて、あいつの性格はよく分かっている。
あいつだって僕が情に動かされて自白するとは思っていないだろう。

だとしたら。


「ねぇ、ハル・リドナー。ハルって呼んで良い?」

「……ええ」

「僕の尋問は、いつから始まる?」

「……」


情が動いたのは、リドナーの方だ。
意識がない僕の世話をして、情が移った……。
だが、彼女も僕がキラだという事は当然分かっているし、
今現在もニアに監視されている事も知っているだろう。

それなのに今日突然、人間に対するような言葉を掛けて来るのは……。

僕の、命の期限が決まった?
それを知って、哀れんでいる?


「知ってるんだろ?」

「……Lの許可が下りれば、今日からでも」

「L?どうして?」

「医学も一通り修めたそうです。あなたの主治医を買って出ました」

「そうか……」


僕の尋問をするのは、竜崎だろうか。ニアだろうか。
二人とも容赦がなさそうだな。
まさかリドナーと言う事はないと思うが。


「その後は?」

「?」

「僕が全て自白して、尋問が終わった後は?」

「……それは、私には、分かりません」


やっぱりな。
本人には言えないような結果が待っているのだろう。


「自白して殺されるのなら……このままずっと、
 ハルに看病されていたいな」

「……」

「ははっ。そういう訳には行かないのは分かってるけどね。
 順調に回復してるし」

「……」


後は僕は無言で朝食を口に運び、リドナーも黙々とシーツを換えていた。


「ご馳走様。美味しかったよ。
 この食事は誰が作ってくれてるの?」

「私ではありません。この施設の厨房で」


なるほど……竜崎も入院していると言っていたし、私設の病院のような物か。


「この寝間着を用意してくれたのは?」

「Lです」


あいつも、日本にかぶれたものだな。
まあ、介護するなら患者衣の次くらいに扱いやすいか。


「その……ユカタですよね。よくお似合いです」

「ありがとう。でもこれは浴衣じゃなくて、寝間着だよ。
 ほら、袖が筒袖になってて、袂がないだろ?」

「?」

「ええと……浴衣はもっと、袖がひらひらしてるんだ。
 夏になったらハルにも見せて上げるよ」


鉄面皮に見える、リドナーの目が少し揺らぐ。

そうだろう。
僕が浴衣を取りに家に戻る事は二度とない。
もしかしたら、再び夏を迎える事も。

こんな事で同情を買っても、リドナーが僕を逃がしてくれる確率は
限りなくゼロに近かった。
だが、僕には他に賭ける馬がいないのだから仕方ない。

リドナーは最初見せた愛想笑いとは違う、複雑な微笑を浮かべて退室した。






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