虚構の檻 5 意地でも声なんか出すものかと思っていたが、苦しすぎて 出したくても出せなかった。 ただ歯を食いしばり、気を失わないように耐える。 「あなたの中、熱いです」 「……」 「私は肛門内で熱を測ろうとしたんですが、リドナーは舌下だと。 あれはアメリカ人ですから」 「……」 Lが、低い声で呟き続ける。 痛みに、僕の喉が勝手に反る。 食いしばった歯の間から必死で空気を吸い込む、自分の呼吸音が煩い。 「セックスなんて、何年ぶりか忘れましたが、 そうでなくとも……あなたの体は、予想以上でした……」 シュウシュウと、空気が通る音が頭の中一杯に響く。 その合間に相変わらず低く、震えるような、激情を抑えるようなLの囁き声。 「!」 突然、Lがずるりと抜けて行く。 少しホッとしたが、その次の動きを予想すると震えるほど恐怖した。 「良かったです……血は、付いていません」 動けない状態で……こんな風に暴行される恐ろしさを初めて知る。 僕は今まで暴力に屈した事はないが。 今回は、泣きながら許してくれと言いたくなった。 「竜崎。抜いてくれ……頼むから」 「……」 Lは答えず、屈んで僕の胴をぎゅっと締め付けた。 胸の辺りからごくり、と生唾を嚥下する音が響いて絶望する。 「夜神くん」 「……」 「申し訳ありません……」 「……!」 その瞬間、突然激しく揺すられて息が止まった。 「いっ……!」 ずずっと入ってきた熱は、ごりごりと僕の内側を削りながら出て行って また入ってきて、そのスピードはどんどん早まって来て。 痛みがだんだん、麻痺して来たのが余計に恐ろしい。 苦しさよりも男に犯されている絶望に、僕の意識は浮遊し始めた。 ばさばさと動く黒い髪越しに、何気なく天井の隅々を見て、 ああ、あいつはもういないんだな、などと改めて思う。 きっとニアにデスノートを破棄されて、死神界に帰ってしまったのだろう。 直接僕を殺したリュークを、恨む気には何故かなれなかった。 恨むとしたら、最後まで僕の思想を理解しなかったこの世の中だが 今となってはそれも、「恨む」というよりは「蔑む」の方が近い気持ちだ。 可哀想に……。 可哀想だ。 もうすぐに手が届きかけていた新世界を失った人類も。 人生を賭けた使命を全うできなかった僕も。 自分がしている事の意味も分からず、僕を糾弾したLやニアも。 そんな取り止めもない思考を辿って現実逃避をしている間に、 僕の上のLの動きはますます早くなり、獣のように震えだした。 どくん。 ぴったりと合わせた肌から、割れ鐘のような脈動が響き、 僕をぎゅっと抱きしめた腕の、動きが止まる。 深く繋がった奥に、熱い飛沫がぶつけられたのが感じられた気がした。 終わった後、Lは裸で僕を抱いたまま荒い息を吐いていた。 少し汗ばんでもいる。 こんなコイツを見たのは、入学式の後のテニスの試合以来だ。 「はぁ……良かった、です」 「……どうして止めてくれって言っても、止めてくれないんだ」 「止める必要ありますか?」 「……」 「あなたは自分の立場を理解していませんね?」 ……僕は、生死をニアや竜崎に握られている。 確かに僕は、おまえたちに逆らえないのだろう。 「いや……分かってるよ。もうおまえ達には逆らわない」 「いい子ですね」 Lが、撫でるように僕の額に手を当てた。 ああ、分かってるさ。 この世に、僕の生きられる場所はもうないと言う事。 一度死んだのだから当たり前と言えば当たり前か。 「ところで、あなたは射精していませんが」 「出来る筈がないだろう」 「痛かったんですか?」 「当たり前だ」 学習したので腹に力は入れない、大声を出さない。 だが、本当はいちいち怒鳴りつけてやりたい位だった。 「両手とも不自由なんですよね。出してあげましょうか?」 「いらない」 「では、リドナーに駄目元で頼んでみましょうか?」 「……いらないって」 リドナーには正直一瞬心が動いたが、あの女が引き受けるとは思えない。 そんな頼み事をされたと言うだけで、今後の対応に変化があるかも知れないと思うと 余計な事は言わない方が良いに決まっていた。 「では、体を清めます」 一つ大きく息を吐いて、熱が離れていく。 ずるりと、馴染んだ肉が抜かれてまるで内臓を引き出されたようだ。 体全体が離れ、自分の肌も湿っているせいか、震える程冷やりとした。 Lは自分の服を身に着けると、僕の腰の下にパットを敷いて 尻の中に指を突っ込んだ。 腹を押して、奥に入った精液を押し出すようにする。 それだけ見ていれば、まるで医療行為のようだが。 「数年分とは言いませんが……我ながら沢山出ました」 「……」 「どうでしょう。精子って、出さずに中で分解する、という事を繰り返すと だんだん寿命が長くなって量が増えたりするんでしょうか?」 「……さあ」 「何にせよ、こんなに気持ち良かったのは、初めてです」 あからさまと言うか身も蓋もないと言うか。 ある意味流石Lだと思った。 女の子相手だったら一発で振られるだろうな。 それからLは緩慢な仕草で洗面所で湯を汲み、タオルを絞って僕の体を 丁寧に清めた。 特に足の間は、丁寧に拭われる。 肛門に触れられるのは嫌だったが、もう相手は医者か看護士だと思って 開き直るしかなかった。 「怪我はありませんが、少し赤く腫れています。 無茶をして申し訳ありませんでした」 「……」 「夜神くん……また、抱きに来て良いですか?」 「訊くなよ。逆らわないと言っただろ?」 「結構」 それからLは、クローゼットから和服の寝間着を出して僕に着せ 今まで着ていた術衣と使ったタオル等を丸めて持った。 そして来た時と同じように、唐突にぺたぺたと部屋から出て行く。 僕はただ呆然と、ベッドに横たわっていた。
|