虚構の檻 3 目覚めると、窓の方が明るかった。 朝が来たのだろう。 目を開けて天井を見つめていると、ドアが開いた。 「おはようございます夜神くん」 「おはよう……」 昨日のL似の人物だ。 声までそっくりで少し驚く。 僕が反応しなかった以上、実験は失敗したと見られて 二度と会えないと思っていたので、少し嬉しかった。 男は、また昨日と同じくぺたぺたと歩いてきたが、今度は椅子ではなく ベッドの足元に腰掛ける。 ぎし、と軽くスプリングが軋んだ。 「……」 「……」 「……久しぶりだと言うのに、昨日からそっけないですね」 「……」 嘘を吐け。おまえに初めて出会ったのは昨日だ。 僕は騙されない。 「私に聞きたい事はないんですか?」 「ああ……そうだね。……おまえ、誰?」 「私は、Lです」 「……」 やはりな。そう思わせようとしているんだろうとは思ったけど 言葉で聞くと何だか脱力するよ。 「僕の知るLは、死んだ」 「ではあなたの目の前にいるのは?」 「……Lに似た、誰か」 「残念でした」 男は、僕の掛布をするするとめくる。 それから驚く事にベッドによじ登り、肘を突いて僕の隣に体を横たえた。 「何」 「ほら。長い事手錠で繋がれて、こうして同じベッドで寝たでしょう? こうすれば思い出して貰えるんじゃないかと思いまして」 「このベッドは二人で寝る広さじゃないだろう。 リドナーが来てくれなくなったら困るからやめてくれ」 言いながらも惑乱する。 Lが死ぬ前の捜査の内容が、ニア側に伝わっていたのか? いや、それはない。 ニアは独自に僕を突き止めた。 Lも僕を疑っていたと知った時、疑いが確信に変わったと言う。 では、この男は何故僕と竜崎が手錠で繋がっていた事を知っている? 「監視カメラは切ってあるので安心してください」 「ああそうか……YB倉庫以降に、日本の捜査本部に聞いたんだな?」 「何をですか?」 「Lと僕が手錠で繋がれていたとか同じベッドで寝てたとか」 男は、至近距離で大きな目を更に見開き、口の両端を上げた。 「ああ、夜神くんは、あくまでLは死んだと思い込んでいるんですね? 自分が殺した者に出会うのはやはり怖いですか?」 「……」 口を開きかけて、思い止まる。 そうか、誘導尋問か。 僕がキラだと分かっているくせに、こうして僕の口から少しづつ 殺人を認めさせて行くつもりか。 「僕は何もしゃべらない」 目を逸らして上を向いたが、男は一層面白がるような顔をしたと思うと 手を付いて頭を持ち上げ、僕の顔を覗き込んで来た。 「ところで夜神くん、溜まってます?」 「……何が?」 唐突に何だ。 というかやはり監視カメラで見られていたのか? そうと思うとヒヤリとしたが、自慰を諦めて良かったと安堵もする。 「この所忙しくて、長い事出してないでしょう」 「……」 「私も溜まってます。もう何年も出してないので」 「……」 気持ち悪い……。 下ネタに免疫がないのではなく、いい年をした大人がそんな話をするのが 気持ち悪い。 男に、ベッドの上でぴったりと寄り添われてそんな事言われても気持ち悪い。 何年も出してないなんて、想像するだけで気持ち悪い。 何より、Lと同じ顔でそんな事を言われるのが気持ち悪い。 僕が軽い吐き気に苛まれていると、男は…… いきなり僕の股間に手を伸ばした! 「やめろ……!」 「まずはあなたに、私が生きていた事を納得して貰って、と思いましたが」 振り払おうとした、包帯の右手に激痛が走って思わず顔が歪む。 「正体不明の男に無理矢理、というのも興趣ですよね?」 今度は左手で止めようとしたが、気ばかり焦って殆ど持ち上がらず、 あっさり押さえ込まれた。 体を起こそうにも、脇腹の傷が痛んで腹筋に力が入らない。 「おまえ……竜崎なのか?」 「はい」 「嘘吐け。Lは、僕の腕の中で死んだ。脈も確認した」 「でも私、頭だけじゃなく運も良いですから」 まるで本当にLみたいな言い草だ……。 でも、あいつは、 「私が、Lが死んだ時の事、覚えてますか?」 「……みんな次々殺されるんじゃないかと……パニックになっていて」 「でしょうね」 「時間が経つのがやたら遅かった……。 父が電話を取り出したのは、だいぶ経ってからだった」 「そこが変だと思いませんでしたか? 夜神さんが救急車を呼んだのに、即ドクターヘリが来た事」 「……」 変……だと思わなくはなかったが、警察にいた時のコネで そういう特殊な救急隊を呼べるのか、と何となく納得した。 今思うと、確かに幾ら何でも早すぎたか……。 と言う事は、父が電話するより早く、何らかの方法で Lの死はどこかへ通報されていたのか? 「心臓が止まって、一分以内に電気ショックを与えれば90%が蘇生します。 一分経つ毎に10%づつ生存率が下がりますが、9分過ぎても10%あります」 「あり得ない……」 「あり得たんです」 「……」 「でも私の場合、蘇生しても何年も意識が戻らず昏睡状態でしたが。 その代償か、お陰様で障害は残りませんでした」 「……」 「あなたの場合は、三分以内に私が電気ショックを与えたので、 こうして元気……とは言えなくても、見事に復活しています。 感謝してください」 夢うつつだった、あの光景を思い出す。 計器のある場所で、竜崎が……。 あれは夢ではなく、YB倉庫の外に止めてあった救急車の中での事だったのか……? 「あなたがこうして生きている事が、私が死ななかった事、 Lである事の証明になりませんか?」 ……デスノートは、完全では、なかった……。 「死ぬ」とか「自殺」とか書けば完全に死ぬだろうが、名前を書いただけでは 心臓発作を起こすだけだ。 昔はそれでほぼ確実に死んでいたから矛盾無かったが、 人類の医療の進歩は死神の想定を遥かに上回ったと言う事か……。 「……ははっ。 まさか人間が、一度死んだ者を生き返らせる術を身に着けるとは デスノートを作った奴も想像しなかったんだろうな」 「ですね。私があなたの知るLだと、納得していただけましたか?」 ああ。 この僕にそんな荒唐無稽な戯言を信じさせるなんて。 説得より強引に納得させるなんて。 あのL以外、あり得ないよ。
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