虚構の檻 2 ニアが出て行って五分程。 一体何が起こるんだろうとぼんやりと待っていると、またドアが開いた。 その向こうに立っていたのは……紛れもなく、僕の知る竜崎……Lだった。 いや、彼に酷似した人物だった。 相変わらずの白い長袖に緩そうなジーンズ。 背中を丸めてポケットに手を突っ込み、ぺたぺたと歩いて来る。 相変わらず深い洞のような目。 相変わらずの隈。 ……但し、死んだ時から年を取ってないよ……。 似た体格の奴に整形でも受けさせたのかも知れないけど。 詰めが甘いな。 Lと過ごした当時。 あいつは、それ程年を取っている訳ではないが、絶対に年上だと感じた物だが 今目の前にいるコイツは、年上かも知れないが年下かも知れない、という外見だ。 それとも幽霊……? ニアの言葉がなく、いきなり現れたらそう信じたかも知れない。 そんな事を考えている間にもLに似た人物は近づいてきて、 ベッドサイドにあった回転椅子に座った。 背凭れを前に抱え込んでしゃがむように。 ああ……本当に、Lみたいだ。 よくそこまでコピーしたな。 これは一体、何の実験だろう。 心理試験だとは思うのだが、どう反応して良いか分からない。 僕が黙って彼を見ていると、彼も無言で、背凭れに顎を乗せたまま あの気持ち悪いくらいの目で僕をじっと見つめて来た。 きぃ きぃ Lがリズミカルに揺らす椅子から、微かな軋み音が聞こえる。 それ以外は、全く無音の部屋。 きぃ きぃ ずっと見詰め合って、普通は気まずいと思うのだが 何故かTVモニタを前にしているように全く平静だった。 長らく、24時間生活を共にした人物と同じ顔をしているからかも知れない。 本物のLとは、竜崎とはどうだっただろう? こんな風に、無言で見つめあった事があっただろうか。 その時、目の前の人物が椅子を揺らす事に飽きたのか 突然くるりと椅子ごと回転した。 くるり。 もう一度。 僕は思わず、クスッと笑ってしまう。 『五分です』 その瞬間、どこかに仕掛けられたスピーカーから、 ニアの無感情な声が流れる。 彼はゆらりと立ち上がって背を見せ、またポケットに手を突っ込んで ぺたぺたと振り返らずに部屋を出て行った。 僕は彼の声を聞いていない事に気づき、話し掛けて 声まで似ているかどうか確認すれば良かったと少し後悔した。 窓の向こうが暗くなり、リドナーが食事を持ってきた。 「食べられますか?」 「ああ。腹が減っていたんで嬉しいよ。 肝臓を撃たれたと思ってたんだけど、食べて大丈夫?」 「内臓は全く傷付いていません」 もう動揺は見せず、しかし看護士の振りをしていた時の愛想も見せない。 「そう。食事の前に、トイレに行きたいんだけど」 そう言うと、ベッドの下から尿瓶を取り出した。 「いや!ちょっとそれは」 「採尿していたのも diaper を取り替えていたのも、Lと私ですが」 「……それは、どうも。でも意識が戻ったんだから自分で行きたい。 あのドア、トイレだろ?」 リドナーが今度は隠す事もなく、カメラの方を向くと 『良いでしょう。手を貸してあげて下さい』 どこかにスピーカーが仕掛けられているらしく、ニアの声が流れた。 僕はリドナーに肩を貸して貰い、トイレに立つ。 彼女は僕より長身だが、やはり男性とは違い骨格が細い手触りがした。 見えていたドアの内部は意外にも広く、トイレだけではなく 洗面所や簡易シャワーも付いている。 ごわごわした感触に嫌な予感はしていたが、便器の前に立つと、 やはり軽く落ち込んだ。 女性に排尿中も見られていたのも嫌だったが、これは仕方ない事だろう。 次に眠った時、僕はリドナーの夢を見た。 ナース服を着たリドナーが、妖艶な笑みを浮かべて僕の下半身に跨る。 長い指が、和服のような患者衣の下に潜り込み、素肌の腹を撫でる。 ただそれだけの夢なのだが、射精しそうになった。 幸いにもどこか理性が残っていた部分があり、寸前で目覚める。 自分が勃起しているのは、触らなくても分かった。 辺りは薄暗い。 リアルタイムで監視されている可能性は低いだろう。 首を動かしてティッシュを探す。 ベッドから降りれば取れる位置にあったが…… やはり、ゴミの回収はリドナーかL似の彼がするのだろうし、 どうせ調べられるのだろうと思うと躊躇いがあった。 何とかトイレに行けないものか……。 僕は色々な可能性をシミュレートしたが、苦労してトイレに行っても 掌を撃たれた右手、肩から痺れた左手では上手く擦れないかも知れないと思い至り 実行に移すのをやめた。 左手をそっと押し当てていると、熱は少しづつ引いていった。
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