眠りの森 2
眠りの森 2








「三日後に、夜神月と会います」


次にLに会いに行ったのは、更に数週間後。
Lは相変わらず痩せ細っていたが、リハビリが効いたらしい。
腕や足に少し筋肉が付いて動きが滑らかになっていた。
とは言っても日常生活には支障がない、という程度だが。

自作のLの面を見せるとLは微笑んだ。
この面の使い道が分かったのだろう。


「……遂に、ですか」

「はい。遂に、です」


Lは目を見開いたまま親指の爪をガリガリと噛み削っていたが
やがてくるりとこちらを向いた。


「所でメロはどうしていますか?」

「知りません」

「そうですか……」


以後の展開も聞かず、いきなりメロ?
どういう事だ。


「ニアの事ですから、夜神とXキラ……魅上でしたか、に自分の顔を見せ、
 ノートに名前を書かせた所で逮捕するつもりでしょう?」

「はい」

「そして、当日以降のページは既にすり替えてある」

「その通りです。夜神が日付を変更しなくて胸を撫で下ろしました」


さすがLと言うか。
先日までのデータで私だけでなく、今の夜神や魅上の性格まで読んで
現況を把握した。
……まあ、Lが当事者だったとしても同じ事をする、という事だろうが。


「魅上は当日は尾行を外して動ける状態にしますから、きっと来るでしょう。
 それとも、夜神自身が相手の名前を観る能力を獲得している可能性は
 ありますか?」

「ありません」

「はっきり言いますね、L」

「一緒に居た期間は短いですが、私は夜神を知り尽くしています。
 彼が一度『そんな能力は要らない』と判断したのなら覆す事はないでしょう」


知り尽くしている、か。
何気ない振りをして、その実随分と執心を感じさせる言葉だ。


「私が夜神なら」

「はい?」


Lがキラ……恐ろし過ぎるな。


「魅上を呼んであなたたちの名前を書かせる、という作戦だけでは
 満足しません」

「どういう事ですか?」

「彼があなたの作戦に対策を立てていない筈がない……。
 私でも予測できたんです。あなたがページをすりかえる事を」

「……」


ぷち、と耳元で音がした。
無意識に自分の髪を引っ張り過ぎていたらしい。


「……L。あなたは、瞬間的には夜神と最短距離にあったかも知れない。
 でも、私は何年も彼を定点観測して来ました」

「……」

「私の方が彼の本質を理解していると思います。
 あれは、勝利を確信したら最後の最後に油断するタイプです」


私は、世界の影の支配者であったLに、何を言っているのだろう……。
怒らせただろうか。

一瞬ひやりとしたが、Lはじろりとこちらを見ただけだった。


「そうかも知れません」

「大丈夫です。ここは任せて下さい」

「はい。でも気を付けて下さいね?
 彼は、デスノート本体に触れる事なく、遠隔で火口を殺しています」

「デスノート以外に遠隔殺人の手段を持っている、と?」

「と言う程の事ではないかも知れません。
 デスノートのページは本体から切り離しても使える可能性が
 高いというだけです。
 そして、夜神が小さな切片を常に身に着けている可能性も」

「……」


やはり……私は、永遠にLを超える事は出来ない。
少しの遣り取りでそれを思い知らされてしまった。


「ニア。どうか私を、現場に連れて行って下さい」

「それは」


Lが居てくれたら心強いという気持ちと、ここでLに頼らずに解決出来れば
いつかLを越えられるかも知れないという思いがせめぎ合う。


「駄目なら、せめてドクターヘリを」

「そちらの方が駄目です。目立ち過ぎます」

「……では、携帯用AEDを持って行かせて下さい。
 デスノートに名前を書かれても、心臓麻痺なら息を吹き返す事がある。
 自分の身で証明出来ましたしね」


もしデスノートに名前を書かれる事があっても。

生き返る可能性がゼロではないと思えば、確かに少しは
冷静でいられるかも知れない。


「分かりました。でも、建物の外で待機して下さい。
 後から来るであろう魅上にも見つからないように」





翌日、メロが高田を誘拐した。
この期に及んで何をしてくれるんだあのバカは……!


『ニア』

「ジェバンニですね。何か動きがありましたか?」

『魅上が……仕事を抜け出して銀行に』

「?昨日行きましたよね?」

『はい。しかも、今までになく、尾行を警戒するような素振りを』


どういう事だ……?
このタイミングでこの行動、意味がない筈がない。


「ジェバンニ。手数を掛けますが、魅上の貸金庫を解錠して下さい」

『え……?』

「死にたくなかったら何とかして下さい」



そして、高田の死。
メロと二人で焼け死んだらしいが、メロはせめて先に楽に死んでいたのであれば
良いと思う。

初めて体験する身近だった者の死だ。
何か感じる物があっても良いと思うが、今は動揺すべきではない。

これはメロが最期にくれた、絶好のチャンスだ。
Lも言っていた、夜神月のもう一つの策。
それは、間違いなくこれだ……!








「ち……ちくしょう」


夜神月が、死に掛けた油虫のようにのた打ち回った後、動きを止める。

正直、短時間の間に何度も死ぬかも知れない、と観念しかけたが
結局我々は勝利した。

死神がノートを取り出した時は、さすがに血の気が引いたが。

Lの存在に気付いていたであろうに、おくびにも出さなかった死神が
最後の最後に夜神に協力する事もあるまいと静観した。

それでも、体を消す事も飛ぶ事も出来るのに、最後に
夜神に体に縋らせてやったのは……

いや、死神の心理なんか推測しようがない。



……がちゃ。



その時、魅上が開けた鉄の扉をくぐって、救急服にマスクを付けた男が
担架を抱えて入って来る。
突然の第三者の登場に、夜神の死に浸っていた全員が驚いて固まった。

Lか……。

逡巡したが、仕方ない。
私は日本捜査本部に向かって口を開いた。


「念の為、キラの遺体はこちらで預かります」

「いや、ちょっと待てよ」

「一介の、元警察官の集団にどうにか出来る物ではありません」

「……」

「魅上の身柄はそちらに委ねます。
 デスノートはこの場で燃やす、それで納得して頂けませんか?」

「ああ……」

「ジェバンニ。申し訳ありませんが、夜神の遺体を運び出すのを
 手伝ってください」

「……分かりました」



L。


あなたは、私ではなく、夜神を助ける為にAEDを持ち込んだのですか?
あんな無様な夜神を見ても、助けるのですか?

と訊いても、あなたはきっと


「目の前に助けられる可能性のある命があれば、それがどんな相手でも
 助けます」


なんて、飄々と答えるでしょうね。

確かにあなたの示唆があったからこそ、私はメロの行動に
意味を見出す事が出来た。

だから借りは返しますけど。

正直、夜神が手遅れであってくれれば良いと思います。






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