眠りの森 1 Lは以前、ある研究機関が開発してしまった殺人ウィルスの拡散を 奇跡的に防いだことがある。 世界中に蔓延してしまえば、人類の95%が死滅した可能性のあるウィルスで その功績は計り知れない。 Lの手がけた数多い事件の中でも、救済した人命の数では随一だろう。 その為、開発機関を擁していた国はLに莫大な金銭的報酬を提示したが、 Lが求めた報酬はただ一つだった。 Lが死にかけた、あるいは死んだ場合、速やかに遺体を冷凍保存し その死因が取り除ける環境が整った時に、解凍する。 ……つまり、一度死んでも未来で生き返らせろ、という事だった。 「とは言っても、現代の技術では上手く生体を維持して冷凍出来る可能性も 未来まで保存できて解凍できる可能性も0.1%に満たなかったでしょうに」 「それは分かっていましたが、生き返る可能性がゼロではないと思えば 少しは死ぬのが怖くなくなりますし」 「……意外と怖がりなんですね」 「はい。死ぬのは怖いですよ?」 とは言え、それはLの、国家予算に匹敵する報酬を辞退する為の ちょっとしたジョークだったのだろう。 だが、かの国も研究機関も誠実だった。 絶対に生き返らせると約束した。 そして、心拍を観測し続ける為と、世界中どこで死んでも 出来るだけ早く遺体を回収するためにGPSを埋め込ませてくれと頼んだのだ。 Lの居場所を常に特定されるなんて、冷凍保存以上に致命的だ。 だが自分で言い出した以上断る事も出来ない。 Lは絶対に情報漏洩しない約束で、自分の皮下にGPSを埋め込ませた。 まさか、それが本当にLの命を救う事になるとは。 Lが死んだ後、夜神局長が呼んだ救急車より早く、関連機関の ヘリが駆けつけた。 現場の混乱で夜神月は気付かなかったようだが、救急車は秘密裏に返され Lの遺体と夜神局長は専用の高機能ドクターヘリで研究機関に運ばれている。 だが、冷凍するまでもなく、機内で専門医がAEDを使って処置を施すと、 Lは見事に蘇生した。 恐らく、普通の救急車と救急隊員では無理だっただろう。 ……しかし、心肺機能が復活しても、Lは昏睡状態から目覚めなかった。 次の処置はワタリの判断を仰がなければ出来ない。 「L」に関しては部外者である夜神局長には、やはり無理だったと伝え、 帰らせた。 その後捜査本部でのLの存在は、死体不在のまま、夜神局長の手で 密葬に処されている。 一方、Lの体を預かった研究者達は困惑した。 とにかく、ワタリと連絡が取れない。 ワタリ以外にLに関する事で相談できる先が見つからない。 この若さで心臓麻痺という事は、キラ事件との関連も考えられるので おおっぴらに身元を探ったり、公表する事も出来ない。 意識を呼び覚ます、しかし危険を伴う処置をすべきかどうか、結論が出ないまま Lの体はごく一部の人間しか知らない秘密として研究機関の奥深くで 眠り続けた。 彼らが、Lに繋がる可能性のある者として、ロジャーに辿り着いたのは それから数年後。 ……万全の状態での蘇生を指示したのは、私、ニアだった。 「あの、ニアがね……」 「そんなに不思議ですか?」 「ええ。モニタの端っこで、黙々とジグソーパズルをする振りをしながら 油断なく私の回答を観察していたあのちっちゃな子が。 それも私の感覚では僅か数ヶ月前の事ですし」 蘇生したLは、しばらく意識が混濁していたが、数日後には自分で 食べ物を摂取し、歩いてトイレに行くようになったらしい。 二週間ほど後、訪日した私が面会に行った時。 初めてLに会った時、そこにいたのは。 何年も寝たのに目の下に隈を宿し、 痩せて顔色が悪く、 そして笑える程に若い、 一見ごく平凡な青年だった。 脳細胞がどの程度損傷を受けているか、気がかりだったが 会話した範囲では、少なくとも記憶野は問題ないらしい。 「キラが……まだ活動しているのも、意外です」 「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」 「いや。夜神月は手強いですよ。事実私も殺されてますし。 ただ夜神の方が、無意味さに気付いて裁きを止めていても良いかと」 「そういう意味ではあいつはバカですね」 「そうですね……そんな事になったら二度と逮捕出来ませんし」 そんなLの。 夜神の事を話す時の目つきを見て、嫌な予感がしなくはなかったんだ。 「はい。もうすぐ逮捕しますよ」 「私の手助けは要りませんね?」 「大丈夫です。楽しみにしていて下さい。 そうだ、メロにも機会があればLが生きていると伝えて良いですか?」 「あなたが良いと判断するなら」 面会時間の限界が迫り、私はタブレットPCとフラッシュメモリをLに渡した。 「何ですか?」 「もうすぐ発売される、タッチセンサー式のコンピュータです。 遊んでください」 「それはどうも」 「それと、メモリには一応、あなたが死んだ後のキラ事件のデータが入っています。 気が向いたら体に障らない程度に目を通してみて下さい」 今のLにキラ事件に関わらせるつもりはなかったが、 やはりその目に光が宿るのを見て安心する。 「……私とSPKに万が一の事があったら。 今度はあなたが再びLを引き継いで、夜神月に引導を渡して下さい」 「……」 気軽に「そんな縁起の悪い事を言うな」と言えるような内容ではない。 Lは黙って、ただ小さく頷いた。
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