Raindrops and the moon 4 一旦上がった雨だが、翌日も朝からしとしとと湿っていた。 見飽きたモニタの中に目を戻す。 監禁七日目ともなると、見ている方も飽きるが閉じ込められている方は 何倍も辛いだろう。 実際、夜神月も夜神総一郎も、食が進まないようで頬がこけて来ている。 「月くん。まだ一週間ですがさすがに窶れて来てます。大丈夫ですか?」 『ああ……自分でも格好の良い状態とはとても思えないが…… そんな下らないプライドは、捨てる』 ? どういう意味だ? 格好をつけるのを止めるという事か? いや、既に格好をつけるも何も……。 その時、すさんだ様子だった夜神が、突然何かに驚いたように目を見開いた。 『竜崎……確かに僕は監禁する事を承諾し、こうする事を選んだ』 「?」 『しかし今はっきりと気づいた。 こんな事をしていても無駄だ。意味がない! 何故なら……僕はキラじゃない!ここから出してくれ』 何を……突然、何を言い出すのだ。 「駄目です。キラかキラでないか判断できるまで、月くんが何と言おうと どんな状態になろうと出さない約束です。月くんが望んだ事でもあります」 『確かに、そうも言った。しかしあの時僕はどうかしていたんだ!』 無茶苦茶だ……言っている事が、支離滅裂だ。 気が……狂った? 突然? 夜神の精神は、そんなに脆かったのだろうか。 ならばなぜ、自分で自分を監禁しろなどと。 『キラという殺人鬼がやってきた事、自覚無しでやっていたなんて思えるか?! キラがどんな力を持っているのか計り知れないが、キラは大量殺人犯という 人間として絶対に存在し、自分の意思で殺人をしてきた!』 「……」 『キラとしての自覚がない僕はキラじゃない!』 「私もキラが自分をキラだと自覚していないなどとは考えていません……」 いや……相変わらず多弁で論理的だ。 狂ったとは考えにくい。 それに、このキラを感情的に憎むような発言……「殺人鬼」「大量殺人犯」。 今までは冷静に、一犯罪者として表現していたのに。 それは、キラを憎んだり、キラを特別扱いする事によって キラのカリスマ性を認めたくないからだ、と解釈していたが……。 大量殺人犯を真っ直ぐに憎む、この正義感の強さこそが 本来の「夜神月」なのだとしたら。 ……妖怪め。 「私は月くんが、自分がキラだという事を隠しているんだと思っています」 『……いいか竜崎、よく聞いてくれ。 僕は絶対に嘘など言っていない……僕はキラじゃない。 こうしている事も、ハメられたとしか思えない。今は冷静に考えられる』 それからも夜神の供述……言動は、 「僕はハメられた」 「出してくれ」 「一緒に捜査させてくれ」 この三点に尽きた。 夕刻になり雨が激しくなって、私は夜神の監獄のある地下に向かった。 「竜崎!」 「月くん。今回はキラ事件やあなたがキラでないという話は結構です」 「いや、聞いてくれ。直接僕の目を見てくれ!」 「……少し話を変えましょう。 昨日の続きでも如何ですか?」 「昨日の?昨日の、なんかどうでもいい。 とにかく、時間が惜しいんだ!」 夜神は手を縛られまま、鉄格子に顔を押しつけて何とか私に近づこうと 無駄な努力をする。 あまりにも愚かで……本当に、まるでキラでないようだった。 「……あなたが話をしないのなら、私が話しましょうか。 あれから調べたんですが、昨日のあなたのお話、雨月物語の一つなんですね」 「竜崎……!」 「冷静に話が出来ないのなら、私は戻ります」 「……分かった。分かったよ、聞くよ」 夜神はベッドに戻ってずるずると座る。 昨日よりも顎が尖っているような気がした。 「雨月物語の中に、もう一つ面白い話がありました。 あなたは当然知っているでしょうが、まあ聞いて下さい」 まず、青々とした春の柳は家の庭には植えてはならない、という 不思議な戒めから始まる所が面白いですね。 親交は軽薄な人と結んではならぬ……という意味だそうですが。 全く同意です。 そのお陰で、私は誰とも親交を結ぶ事なくこの年まで来ましたが……。 関西の、神戸と姫路の間に加古川という場所があります。 そこに昔、私と同じような考えの学者がいました。 清貧を好み、書物を友とする以外は物を持たない潔白な男。 その母も節操が強く、常日頃から紡績の仕事をして学者を支えていたそうです。 ある日、学者が同じ里の者の家を訪ね、古代の物語をしていると 丁度盛り上がってきた所で壁の向こうから悲痛な呻き声が聞こえてきました。 学者が尋ねると、 「西国の人らしいのですが、連れに遅れて一晩の宿を求めて来たのです。 武士のようで見た所高潔な方でしたのでお泊めしたのですが、 その晩熱が出て起き伏しも自分で出来ないようになりました」 「それはお気の毒に」 「はい。気の毒に思う内に三四日経ちましたが、何処の人なのかも分からず 思いがけない過ちを犯してしまったものだと困っておる所です」 「まあ、自業自得ですね。知らない人間を家に上げるからですよ」 「でも、困ってる人を見たら助けるだろ?普通」 「それが本当に困っているのか、振りだけなのか、どうやって見分けるんです? よしんば本当に困っていても、一時助けた挙げ句 こんな風に持て余す結果になったら?」 夜神は少し考えたが、きっぱりと目を上げた。 「最後まで、面倒見るよ。 もし僕を騙して困っている振りだけだったとしても、それはそれで良い」 「月くん……あなたやっぱり、恵まれたご家庭に育っただけの事はありますね」 「何がだよ!」 本当に困っているのか、「振り」だけなのか……一見では分からない……。 本当に、記憶がないのか。 「振り」だけなのか。 そうは言っても見れば分かると思ったのだが。 昨日までは確かに、「振り」だと思っていたのだが。 今の夜神を見ていると、揺らぎそうになる。 私は……間違っていたのか? 主人の言葉を聞いた学者は 「悲しい話です。ご主人が心配されるのも尤もな事ですが 病気で苦しんでおられるあの方は、当ても無い旅先でお病みになり とりわけ苦しい思いをしておられる事でしょう」 そう言って看病を申し出たのですが、家の主人は流行病だからと止めました。 「人の生死は天命です。病が人に伝わるというのは愚俗な者共の言う事であり、 私共は信じておりません」 学者は戸を開き、部屋に入ってその人を見ます。 すると主の話の通り、平民ではなさそうでした。 しかし病は重そうで、黄疸が出て肌が黒ずんで痩せ、古い布団の上で 悶え伏せっていました。 病人は学者を人懐かしげに見て、「お湯を一杯頂きたい」と言います。 学者は病人の近くに行ってこう言いました。 「ご心配なさらず。私が必ずお救い致しましょう」 それから主人と話し合って薬を選び、自分で処方を考え、それを煮て与えつつ 更に粥を勧めて、まるで同胞のように甲斐甲斐しく看病しました。 件の武士は学者の手厚い心持ちに涙を流しながら、 「これ程までに、見ず知らずの僕にご親切にして下さって。 死んでも忘れず、お心に報います」 こう言いました。 学者は諫めて、 「そんな弱い事を言わないで下さい。流行病が治るには日数が掛かります。 でもそれを過ぎれば命に別状はありません。 私が毎日お世話に参ります」 そう真剣に約束して、心を込めて世話をする内に 病は去って気分も良くなってきました。 泊まらせてくれた主人にも言葉を尽くして礼を言い、学者の親切を尊んで、 お互いに生業や身の上の話もするようになります。 「僕は出雲の松江の生まれの赤穴宗右衛門と言う。 少しばかり勉強が出来たので、富田城主の塩冶掃部介殿に教えていたのだが 近江の佐々木氏綱に密使に選ばれて、彼の館に留まっている時に 前の城主の尼子経久が富田城を乗っ取ってしまい、掃部殿も討ち死にされた」 乗っ取ったというよりは取り返されたのでしょうが。 とにかく武士は兵法に通じているようでした。 「元々雲州は佐々木氏の持国で、塩冶は守護代だった。 氏綱殿に経久を滅ぼして下されと申し上げたものの 勇ましいのは外面だけで一向に動かない。 それどころか僕を近江から出さないんだ。 こんな所に永く居られない、と身一つで松江に帰ろうと思った途中で」 「病に倒れてしまったのですね?」 「ああ。思いがけず貴殿にお世話になってしまった。 身に余るご恩、残り半生の命を以て、必ず報います」 学者は静かに言いました。 「困っている人を見れば助けるのは当然です。 そんなに大袈裟に感謝して貰う程の事でもありませんよ。 そんな事よりしばらく逗留して身体をいたわって下さい」 心からの言葉に従って日が経つ内に武士はすっかり元通りになりました。 その間、学者も良い友を得たと、日夜交わって話をしました……。
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