Raindrops and the moon 2
Raindrops and the moon 2








おまえの言う通り、男が枕元に置いてあった宝刀は家族に見つかり
色々な疑いを掛けられた。

即ち、家の金を持ち出して買ったのか。
即ち、畏れ多くも神社の供物から盗んだのか。

遂には次官……当時の警察に捕まってしまった。
男は勿論、件の女に貰ったのだと言い張ったが、
そんな名の者はこの地におらぬと歯牙にも掛けられない。

それでも男があまりにも言い張るので、数人の武士と共に
男は件の女の屋敷に再度向かう事になった。




「ほら。案の定です」

「まあ、ここからが面白いんだ」




その場所に、確かに屋敷はあるにはあったがとうの昔に朽ち果てた様子で
瓦も大半落ちて、ノキシノブが生え下がっていた。

武士達が近所に聞き回ったが、ここに件の女が住んでいた痕跡はない。
昔は金持ちが住んでいたが、没落して以来、住む人がないとの事だった。


「そんな……」


男はただ驚き呆れるが、中の朽ちようは激しく、座敷の戸を開けると
さあっと生臭い風が吹く。
さすがの屈強な武士も恐れを為して後退したが、その中で一人豪傑が


「皆、わしの後から着いて来い」


そう言って板敷きを踏み進んで行った。
すると、埃は三p程も降り積もり、鼠が糞をひり散らかした中に古い几帳を立て
あの女が座っている。


「……次官がお呼びだ。急ぎ参上せよ」


豪傑が言うが、


「……」


ただ優雅な様子で座っているだけで答えもしない。
なので近づいて捕らえようとすると、突然!
地も裂けんばかりの激しい雷鳴が響いた。

大勢の人は逃げる間もなく地に倒れたが、起き上がって見ると
どこに消えたのか既に女の姿はなかった。

その代わり、その床には高麗の錦、呉の綾織物、倭文織、固織、
楯、鉾、靭、鍬等、神社から盗まれた宝刀以外の宝物があった。

武士達がこの物と共に次官に怪異を詳らかに伝えたので
男は盗賊の汚名を免れたが、盗品を持っていた罪で牢獄に繋がれる事になった。




「ほう。いよいよ怪談らしくなって来ましたね。
 一晩で荒れ果てた屋敷、突然の雷鳴」

「まあ、そのお陰で男の疑いは晴れたわけだが」

「まさか、あなたがこうして監禁されているのも濡れ衣だなんて
 言うつもりはないでしょうね?」

「この話には何も含ませていないよ。
 おまえが何の話でも良いって言ったんじゃないか」

「そうでした。続きをどうぞ」




男は親の賄賂で比較的早く出獄する事が出来たが、
外聞が悪くて恥ずかしい、と親戚の元に行きたがった。
親も男を心配して、大和……今の奈良の辺りに嫁いだ姉に
その身柄を預ける事にした。

姉もその夫も男の事情を聞くと酷く同情して、長く住めと言ってくれた。
その家は長谷寺に近く、春になると観光客で賑わう場所だ。
その家は灯明や灯芯の類いを扱っていて客も多かった。

春……二月頃になり、店も忙しくなって男は手伝いをしていた。
すると、若い女とその侍女が薫物を求めて来店する。


「ご主人様がここにいらっしゃる!」


侍女が男を見て言うので驚いて見ると、件の新宮の女とその侍女だった。


「ひっ!」


男は恐ろしがってすぐに店の奥に引っ込んだが、姉夫婦はその様子を
当然訝しむ。


「あの鬼が僕を追って来ました!
 あれにはお近づきにならないで下さい」


男はそう行ったのだが、姉夫婦も使用人も、人の多い昼間の事だからか
恐れもせず「どこに?どこに?」と騒いだ。

すると、件の女が奥まで入ってきて


「皆さん、落ち着いて下さい。
 我が夫よ、恐れないで下さい」


落ち着いた様子で皆に語りかける。




「ほほう。昼間から妖怪が現れましたか」

「妖怪じゃないかも知れないだろ?」

「まさか。だとしたらあの怪異はどう説明するんです?」

「これから説明するよ」




女は続けた。


「私の至らなさから、あなたを罪に陥れてしまい申し訳ないです。
 色々と説明して、安心させようと探し回っていましたが
 その甲斐あってこうしてお会いできて嬉しいです」

「だ、黙れ妖怪」

「この家のご主人、よく聞いて下さい。
 私が妖怪ならこの人の多い往来に、長閑な昼間に出て来られる訳がないでしょう。
 着物に縫い目もありますし、太陽に向かえば影もある。
 この道理を納得して、疑いを解いて下さい」


当時、妖怪の着物に縫い目はなく、影が出来ないという俗信があったんだ。
まあ俗信なので正しいとは限らないけどね。


「おまえは人じゃない!
 捕らわれて武士と一緒におまえの家に行ったが、一晩で荒れ果てていた。
 本当に鬼が棲むような家に、一人で居たおまえを捕まえようとしたら
 快晴の空が突然、激しい雷を落としておまえは跡形もなく消えた」


男の説明に、辺りに居た人はざわついたが、女は落ち着き払っていた。


「……そんな怪異を目の当たりにしたのに、今更追って来て何をするんだ。
 早くどこかに行ってくれ」


女は突然涙を流し、語り出す。


「そう思われるのも無理はありませんが、少し私の話も聞いて下さい。
 あなたが逮捕されたと聞いて、日頃目を掛けていた近所の老人達を味方につけ
 急に荒れ果てたように拵えました」

「そんな、とても急拵えには、」

「雷の件は、侍女が計略に掛けたのです」

「はぁ?」

「その後船を用意して難波の方へ逃げましたが、またあなたに会いたいと
 長谷寺に願掛けに来たらこうしてお会いできました。仏のご慈悲は本当に、」

「いやいや、なら、あの盗まれた宝物は?」

「あの神宝の数々、女が盗めるものじゃないでしょう。
 私は知りませんでしたが、前の夫がよからぬ心で盗んだんですね」

「……」

「とにかく、あなたを思い慕っている気持ちを、ほんの少しでも信じて下さい」

「……」


男は一方では疑い、しかし一方では憐れんで、言うべき言葉が見つからなかった。




「って、まさかそれを本当に信じた訳じゃないですよね?」

「男はね。ただ女の様子が真に迫っていたので、周囲はあっさりと
 信じてしまった」

「だって、それだけの広い屋敷を崩し、三pも埃を積もらせたり
 草を生やさせたり、鼠の糞を散らしたり、どれだけ大勢でも半日では
 とても無理でしょう。
 というか雷が『計略に掛け』って何ですか」

「勿論そうだけど、昔の事だから自分の記憶しか頼りがない。
 印象では確かに荒れていたけれど、そう言われてみれば……とか。
 見てもいない姉夫婦は尚更、女の説明に納得してしまったんだ」

「だとしても男を罪に陥れた事には間違いないのに、それに対する
 突っ込みはないんですか」

「嘘がよほど上手いんだろうね。まるで誰かさんだ」

「何でこっちを見るんですか」




「弟の話ではどんな恐ろしい妖怪かと思ったが、話を聞いてみれば
 そんな事もありそうだ。
 はるばると迷っていらっしゃったんだ、弟が承知しなくても
 我々がお泊めしましょう」


同情した姉夫婦が強引に女を家に入れ、女も姉夫婦が気に入るように
嘆き、しおらしくする。
益々気に入った姉夫婦は遂に、男に勧めて婚儀を取り進めた。

男もだんだんとその気になり、結婚してしまったんだ。




「ああ、怪談でなはく昔の日本の馬鹿の物語だったんですね」

「確かに。ただ周囲から固められて、もう逃げられない状態に
 なっていたんじゃないかな。
 それくらい女の口が上手かったんだよ」

「でもセックスしちゃったんですよね?」

「まあね。前回は口約束だけだったが、今回はもう、仕方ないだろうね。
 でもそれが、今後の展開に大きく関係してくる」




三月になり、姉夫婦が強く勧めるので、吉野……今でも有名だが
奈良の桜の名所に男女は行くことになった。

実は女の方は人が多い所はのぼせる、長い距離は歩けない、と
何度も辞退したんだ。
だが駕籠を用意して土は踏ませない、とまで言われると断れない。

一行は吉野に向かい「初めての参詣には滝のある方が見所が多いだろう」と
川の方に下り……今で言うピクニックだね、滝が流れるのを
若鮎が遡っていたりする様を楽しみながら弁当を食べた。

ところが、後から岩を伝ってきた老人が……一行を疑わしそうに見つめる。
女も侍女も、老人に背を向けて見ないようにしていたが、老人が


「怪しい……。この邪神は何故人を惑わすのか。
 何故わしの目の前でこんなことをしているのか」


呟くのを聞くやいなや、二人は滝に踊り飛び込んでしまった。
ように、見えた。
実際は水が空高く湧き上がって二人を隠したので分からない。
雲がみるみる内に墨を流したような色になって、激しい雨が降り出した。

老人は人々が慌て騒ぐのを抑えて麓に下り、
雨宿りの出来る東屋に連れて行った。
そしてかがみ込んで生きた心地のしない男の顔をじっと見つめ、


「よくよくあなたの顔を見れば、あの邪神に悩まされていらっしゃる。
 我が助けなければ最後には命も失っていただろう。
 今後はお慎みなさいませ」


男は地面にひれ伏し、これまでの経緯を老人に説明して
何とかお助け下さい、と頼んだ。


「思った通りだ。あの邪神は年経た蛇です。その性質は多淫で、
 『牛とつるんでは麟を生み、馬と交わっては龍馬を生む』と言われています」

「……!」

「あなたを惑わせたのも、あなたの顔が良いからだろうが、
 こうまで執着されては良く慎まなければ命まで奪われてしまう」


人々は益々恐れ惑い、この老人は神の化身ではないかとあがめた。


「あの者はあなたの顔の美しさに執着して淫らな行いを仕掛けまとわりつく。
 あなたもあの者の見た目に惑わされ、男らしく拒むことが出来ない。
 あなたさえ気持ちをしっかり持てば、この老人の力に頼ることもないでしょう」


そう親切に諭した。
男は、夢から覚めたような心地で帰ってきて、姉夫婦に


「親に孝行もせずご厄介になりっぱなしでは、正しい心とは言えません。
 ご親切に感謝致しますが、また参ります」


そう言って、新宮に帰って行った。




「なるほど。蛇が男に執着したのは、結局顔だったんですね」

「みたいだね」

「まあ、優柔不断でなければそんな事も起こらなかった訳ですが。
 あからさまに妖怪な女に、迫られたからってヤッちゃうってどうなんですかね月くん」

「いやいや、僕に聞かれても困るよ」

「ところでここまで全然怖くなかったんですが」

「もうすぐ終わるよ。ここからが怪談らしいんだ」






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