個人教授 3 竜崎は体を起こして真っ直ぐに僕を見つめた。 いつもの観察する無機質な視線ではない。 目で、僕を捕らえようとする獰猛な獣のような。 恐らく、モニター越しにキラに向かって話しかけていた時は、 こんな目をしていたんじゃないだろうか。 「……ありがとうございます」 「なに。何だよ」 「自分でも気付いていなかった。性には淡泊な方だと自分で思っていましたが」 「違った?」 「私はどうも、犯罪者を追い詰める事にエクスタシーを感じるようです」 「竜崎……」 「自分なりに性的欲求が高まるのは捜査の終盤に限るので、 それまでの疲れや気の緩みから来る物だと分析していましたが」 「竜崎!」 「今思えば容疑が確定した……なんですか?」 「変だよ、今日は」 「そうですか?」 「自分の事をしゃべりすぎだ。いいのか?『L』がそんな事で」 良いのだろう。 コイツが意味もなくこんなに能弁になるなんて事はあり得ない。 ならば何が狙いなのかと思うが、それを考えるのは何故か躊躇われた。 「私は、」 ああ、これか、と思った時には竜崎の左手が宙を舞っていた。 鎖が当たるかと瞬間顔を背けたが、その手は落ちて来た鎖を見事に束ね、 その先にある僕の右手首を引き寄せる。 「重犯罪者以外に対しては、エレクトしません」 短くなった鎖に引かれて重心を崩され、只でさえ体力の落ちている僕は思わず竜崎に縋った。 そのまま肩を押されると、あっけなく体勢が逆転する。 「……だからあなたはやはり、キラです」 「滅茶苦茶言うなよ!」 押し倒されて左側に手を突かれ、足も両股の上に体重を載せられてしまっては、 どう足掻いても挽回不能だ。 竜崎は負けず嫌いだ。 僕に勃起させられた事が許せないのだろう。 この後恐らく、僕も勃起させられるか、もしかしたら吐精までさせようと思っているか。 竜崎の多弁に気を取られて油断した事が悔やまれてならない。 やがて来る屈辱の予感に、恐怖に似た震えが走る。 「……竜崎、悪かったよ。確かに僕は君をからかった。だからもうやめてくれよ」 「からかった?何の話ですか?」 「とぼけるなよ。気が済まないなら何でもするから。 だから乱暴はしないでくれ」 「何でも、ですか。乱暴、ですか」 ニヤリと笑いながら復唱されて初めて、強姦されかかっている 女の子みたいなセリフを吐いてしまった事に気付いた。 だがそれは同時に、竜崎が理性を全く失っていない事をも示している。 僕は安心して、微笑みを浮かべた。 分かった。このゲームは引き分けだ。 だからそろそろやめよう。 そんな意味を込めて。 なのに。 「何もしなくて結構です。むしろ何もしないで下さい。 そうすれば必要以上に痛い思いはさせません」 竜崎は真顔に戻って冷たく言い放った。 「おい……冗談だろ?落ち着けよ」 「私は冷静です。が、あなたに欲情しています。知っているでしょう」 「いやいや、勃たせたのは本当に謝る。だから今は堪忍してくれ」 「キラが隣にいては、我慢も出来ません。というかしません。すみません」 「嘘だ。男に興味ないんだろ?」 「ええ。女性と同じくらい、興味ありません」 「それは、」 「私が興味があるのは、犯罪者だけです」 「だから!あれは本当に嘘なんだ!僕はキラじゃない!」 竜崎は聡明すぎる程聡明だ。 だからバカな事なんてしないと思いこんでいたけれど。 常識とか。社会通念とか。渡世術とか。 そういった物に全く縛られないんだ。 普通に社会生活を送ってきた人間には考えつかないような事でも平気で出来る。 それがコイツの強みでも魅力でもあり、 今は僕に向けられた恐ろしい武器だ。 「……本当に、僕を強姦するつもりなのか」 「あなたが嫌がれば、そうなります」 「嫌に決まってる。痛い思いをするのは嫌だから抵抗はしないけど、 もし本当にそんな事をすれば、竜崎はきっと後悔する」 「しません」 「するさ。僕はキラじゃない。おまえがしようとしている事はただの暴力だ。 僕は絶対泣き寝入りなんかしないぞ。おまえを訴えるし いくら金を積まれても示談になんか応じない。おまえを公の場に引きずり出す」 「泣き落としの次は脅迫ですか。あなたがキラではないという前提に立った説得は この場でそれを証明出来なければ意味ありませんよ」 「……性欲に狂ったニキビ面の童貞に襲われた女性の気分だよ」 「スタンスは違いますが交渉の余地がないという点では同じです」 怒らせて矛先を逸らす、そんな子ども騙しもやはりサラリとかわされる。 だが。 ……口から出任せが、案外的を射ているんじゃないか? そんな事を思いついた。 「ふふっ」 「リラックスしてきましたね。楽しめそうですか?」 「……竜崎、もし僕をどうにか出来たとして」 「しますが」 「それが君の『筆下ろし』か?」 「……」
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