個人教授 1 自分で自分が制御できない。 これほど恐ろしい事はない。 自由に動けない。 したいことが出来ない。動きたい方向に動けない。 それも恐ろしいが、 動きたくないのに動いてしまう、自分でも思いも拠らぬ事をしてしまう、 こちらの方が恐ろしい。 「何のつもりですか?」 夜が更け、僕が右、竜崎が左でベッドに横たわる。 僕にとってはいつもどおりの夜。 竜崎にとっては三日ぶりの夜。 竜崎に昼夜の区別、規則正しい生活というものはないらしい。 僕が休息を必要としている時も、竜崎は眠らない事が多い。 横たわる僕に関わらず、手錠の鎖の先で膝を抱えて 指先だけでノートパソコンか捜査資料を弄っている。 そんな竜崎が、珍しく僕と時を同じくして体を横たえたのだ。 心の中で何となく「珍しいな」「考えがあるのだろうか(何かの罠?)」と 思ったのまでは覚えているのだが、 突然強い力で手首を掴まれて気づいた。 自分がナチュラルに竜崎の緩いジーンズの中に手を差し込んでいた事に。 「答えてください月くん」 頭髪は硬そうだが、下の毛はやけに柔らかいな、僕と逆だ、 危ない、もう少しでヤバい所に触ってしまう所だった変態か僕は、 「……」 ああ、もう二秒経ってしまった、冗談に紛らわせるには遅いよな てゆうかすぐに手を引っ込めたかったのに、竜崎に強く掴まれて動かせない 「……竜崎、怒ってる?」 「いきなり急所を触られて怒らない人間がいたら会いたいです」 ああ、そう取るか。いやそう捉えてくれた方が良い。 遠隔殺人が出来るキラがLに対してこんな馬鹿らしい攻撃をするはずもないからな。 「ごめん……あの、手」 「離しても進めたりしないでしょうか」 ……いきなり睾丸を握りつぶしてやろうか。 瞬間的にそんな凶暴な衝動に駆られるが、勿論実行しないし顔色にも出さない。 「本当に、無意識だったんだ。 隣に横たわる人と言えば……今まで彼女以外あり得なかったし」 「ほう。月くんは、会話もソフトな触れ合いもなしに いきなり下着の中に手を入れるタイプですか」 竜崎は手を離さない。 僕を信用していないのだから当然と言えば当然だが、 もし僕がそんな下品な攻撃をしたらキラである可能性は減る。 いや、だからこそやりかねない、か。 心外だ。 「興味ある?」 「はい。私はキラの全てを知りたいと思っていますから」 いつも日常の中で不意に僕をキラ呼ばわりする竜崎。 今回は「僕はキラじゃない」と返すお決まりのパターンを少し変える事にした。 「キラの、セックスの手順にまで興味があるわけ?」 「ええ。全て、と言いました。それに特にそういった原始的な営みには 人格が顕著に出やすいと思います」 「じゃあ例えば、さっきの僕みたいにいきなり女性の下着に手を突っ込むのは どういった人格かな」 言いながら、わざとさわさわと竜崎の柔らかい毛を、指で弄る。 気持ち悪いが、シャワーを浴びたばかりなので多少はマシだ。 「そうですね……もう少し進まないと断定できませんが、 そういう人はキラではあり得ないと思います」 「それは、僕はキラではないとお墨付きを貰ったと考えていいかな?」 「いいえ。夜神くんは本当は女性にはこんな事はしないでしょう?」 コイツ……。 「いや、する」と答えればいかにも取って付けた嘘のようで言えない。 実際嘘なのだが、真実であっても嘘くさくなってしまうだろう。 竜崎にはそんな所がある。 こいつに一度有罪と思われれば、それが冤罪であっても逃れる術がない気がしてしまう。 頭の良さというよりは、それはどちらかというと性根の悪さというか。 「じゃあ、僕はどうして竜崎にこんな事をしていると思う?」 「私に害意があるのでもなく、女性と間違えたのでもなければ……」 「なければ?」 珍しく竜崎が言いよどむのが面白くて、つい先を促してしまう。 本当に、何故こんなことをしてしまったのか自分でも分からないのだから、 正解は無いと言っていい。 解のない問題を、「L」がどう処するのか僕も興味があった。 「ただ単に、私に触れたかった」 「……」 「というのはどうでしょう」 態と卑猥に動かしていた指先が、思わず止まる。 そんな事を言う相手の陰毛を楽しげに弄んでいては洒落にならない。 「僕が、男である君を誘惑していると?」 「その口調では違うと言いたいようですね」 「そんな事を思いつくとは、竜崎は意外と……」 「何ですか?」 「いや、おまえ自身が男に興味がなければ、湧かない発想だな、と思って。違う?」 今度は竜崎が、思わずと言った唐突さで僕の手首を掴んでいた手を離す。 いい気味だ。 だがこちらもすぐに引っ込めたのでは、痛み分けだ。 僕の勝ちだと、主張するために僕は敢えて手を抜かず、指の動きを再開した。 「それに、さっき『もう少し進まないと断定できない』って言ったじゃないか。 先に進みたいのかと、僕の方が誘惑されているのかと思ったよ」 言いながら、じりじりと指を進めると思いがけず(いや当然だが)陰茎に指先が触れる。 その軟らかさが不快で、いかにも潮時だという顔をして自然に手を引いた。 「違います。……が」 「が?」 「続けてみて下さい」 「は?」 「聞こえませんでしたか?私を女性だと仮定して、行為を進めて下さい」 「……おまえのプロファイリングではキラはどんなセックスをするんだ?」 「答え合わせは後ほど」 「……」 僕をテストするというのか。 本能に起因する手順を観察して、キラらしさと照合してみるというのだろう。 バカにしている。 が、とても竜崎らしい。 一回は一回、負けたままで終わる気はない、か。 「いいよ」 だから僕も、何も動揺していないような顔をして軽く答える。 自分から引いてなんかやるもんか。 当然ながら竜崎も顔色一つ変えなかった。 「それではお願いします」 「……でも、僕でも相手によって違うと思うけど。どんな女の人を想定したらいい?」 「私のような女性でいいんじゃないでしょうか」 「竜崎のような女性に出会う可能性も、その人と関係を持つ可能性もないと思うけど」 「困りますか」 「困らない。僕には後ろ暗い事なんて何もないからね」 正直内心困惑しないでもなかったが、白旗を揚げるつもりはない。 改めて、竜崎に覆い被さって顔を近づけた。 「……こんな感じで、まずキスをして」 「と、女性にも言うのですか?」 「まさか」 「では、リアルにお願いします」 本気かコイツと思いながらも、変な意地に突き動かされて必要以上に素早く唇を押しつける。 リアルにと言ったのはお前だからな、と心の中で毒づきながら、舌も入れてみた。 男の口の中の感触は、意外と女と何も変わらなかった。
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