Odd one 3
Odd one 3








「フランスとイタリアですか。それが本当だとしたら、広範囲に渡って
 面倒な事件を起こした物だと思いますが」

“俺は指示しただけだ 聞きたいか_”


単なる妄想狂か、それとも本当の黒幕なのか。
教授との関係は?
教授がブレインで、この男が手足?
いずれにせよ今の所判断材料が足りなすぎる。


「お願いします」


男がいきなりベッドサイドテーブルの引き出しを開けた。
思わず銃を構え直したが、出てきたのは、USBメモリ。


「それに、概要が入っているのですか?」

“俺が作ったという証拠はないが 中を見れば
 真犯人が記した物だという事は 分かる_”


差し出すので、受け取るために手を一杯に伸ばすと、後少しという所で
ひょいと逃げられた。


“その前におまえに 聞きたい_”

「何でしょう?」

“キラは どこだ_”


思わず、目を見開いてしまう。
個人的には大笑いしても良い所だと思ったが、勿論表情は変えない。

それが、目的か……。
キラの能力を手に入れたい犯罪者は多いだろうが、
その為に実際に動く者がいるとは。


「何の話か分かりません」

“おまえが キラを止めた Lがキラの居場所を知っている筈だ_”

「何の話か分かりません。私はLではありません」

“おまえだ おまえが来るまでは あるいは本当にこいつがLかとも思ったが
 先生の目に 狂いはない_”


心の中で舌打ちをする。
やはり、最初の時点でバレていたか……。

教授が私たちを案内する為に背を向けた時に、こっそりこの男と通信したか
あるいはさっきの手話で堂々と伝えたのだろう。
一瞬マーロウに「L」役を押しつけようかと思ったが、足掻くのはやめた。


「もし私がLで、首尾良くキラを捕まえたとしたら、即刻処刑しますけどね」

“遠隔殺人の 手段は_”

「知りません。あなたが用があるのは、キラですか?
 それとも殺人手段ですか?」

“その言い方ではキラと殺人手段は切り離せるのか_”


しくじった……という以上に驚いた。
夜神は、本当に何一つ話していないのか?


「彼に、聞かなかったのですか?」

“この男は何も話さなかった Lならいくらでも上手い嘘を吐くだろうに_”

「なるほど、降参です。その人はLではありません」

“やはりLに聞かねば キラの行方は分からないらしいな_”

「その為に、まずLを捕まえようと色々と網を張ったのですか?
 ご苦労なことですね」


彼らの性質を見抜けずに、うかうかと来ようとしていた私も私だが。

一応、自分がいつ死んでもニアに仕事を引き継げるよう準備してあるが
今だけは死ぬ訳には行かない。

私が死んだ後、ニアが安心して夜神と連携を取れるほど夜神を制御するか、
さもなければ私自身の手で夜神を始末するか。
そのどちらかを為すまでは、死ねない。


「そのメモリと、その人をこちらに渡して下さい。
 自分が有利に交渉を進められる立場でない事は、分かっているでしょう?」

“ああ 迂闊だった おまえが救出にくるとは 先生にも読めなかった_”


読めなくて当然だ、来るつもりなどなかったのだから。
ニアがいなければ、きっと来ていない。

私が、教授に恐らく影響を与えた不確定要素、
この金髪の存在を読めなかったのと同じだ。


「薄情者と思われたものです」

“よほどこの男が 大事なようだな_”

「どんな場合も人命は、地球より重いんですよ」

“嘘吐き_”


男は携帯を差し出しながら、少し俯いてクスクスと笑う。
絶対に、さっきのようなミスは出来ない。
夜神がキラだと、重要人物だと悟られてはならない。


“大事でない人間に 首輪をつけるものか_”

「その程度の人間なので首輪をつけました。
 諸事情あって犬並に扱って良い手下の一人なんですよ」


夜神が聞いたらまた拳が飛んできそうな事を言ってしまった。
気を付けているつもりだが、どうしても口数が多くなってしまう。


“その割には よく出来た ダミーだった_”

「いい加減に放して下さい」

“口も堅かったよ_”

「この世に、拷問をして許される人なんていない」

“俺は 拷問など一切しなかった
 ただ 献身的に 世話をしただけだ_”

「そちらこそ嘘を、」

“何故 気付かない_”

「何が、ですか?」


男がベッドから離れて、ゆっくりとこちらに向かって来た。
手を真っ直ぐ伸ばして私に、銃のように携帯を突きつけながら。


“今朝 フラットの前で この男が行き倒れていた
 俺が連れてきて 介抱したが_”


……なるほど、今の状況は、どう見ても私たちの方が無法者で
夜神を監禁したと、警察に突き出せるような証拠は何一つ
残していないという事か。


“残念な事だった_”


金髪の男は満面の笑みを浮かべながら突きつけ、
すれ違いざまにポン、と私の肩を叩いて部屋から出ていった。


え……?

過去形?全て?


振り向くとマーロウも銃を上げたまま、どうしたら良いのかという顔をしている。


「おい、あの金髪なんだって?じいさん連れて出ていこうとしてるぞ」

「教授!」


部屋の入り口まで戻って呼び止めると、
教授と金髪は背中を見せて停止した。


「何故ですか?あなたは犯罪に手を染めるような人じゃない。
 誰かに都合良く利用されるような人でもない」

『キミモ 声ヲ ナクシ 足ヲ 失イ 一人デ 暮ラシテミレバ ワカル』

「同病相哀れむという奴ですか?それこそあなたらしくない。
 孤独が最強の武器だとおっしゃったじゃありませんか」

『偽あーろんト 同ジ事ヲ 言ウ』


後ろを向かれて機械音声で答えられ、教授の感情は
全く見えない。
代わりに金髪が、少し横を向いて吊り上がった口の端を見せ
そしてそのまま出て行った。


「どうする?ちょっと散歩にって感じでもないが」

「ええっと、金髪が持っているUSBメモリだけ確保して下さい。
 あとは……人手がいるかも知れないので、早めに戻ってきて下さい」

「ラジャ」


夜神がもし瀕死の状態ならば、救急車を呼ぶより自分で運んだ方が
絶対に早い。
むしろ自分の手で、信頼出来る病院に運びたい。


マーロウを見送ってから一つ深呼吸をし、部屋に戻ってベッドに近づく。
夜神の顔は相変わらず土色だった。
掛布から出た手首に触れる。
冷たい。


脈を取るが……何度か探ってもやはり、反応が、なかった。


思わず、数瞬目を閉じてしまう。
何故か最初に夜神と顔を合わせた時の表情を……寒い教室で
ちらりと一瞬振り向いた時の生真面目な横顔を、思い出した。

覚悟はしていたし、死んでいる事が望ましいとまでも思ったが、
それはあくまでここに来てからすぐの話だ。

こんなに時間が経ってからでは意味がないだろう?
だっておまえが、本当に何も吐いていないのか分からない。

こんな無駄な死に方を、するな。
犬死にするな、夜神。







……下らない感傷に浸っている場合ではない。
事実確認が先だ。
それからニアに連絡を……いや、先にロジャーか。


掛布をめくり上げると、腐臭がむわっと立ち昇った。







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