Odd one 2 目の前には、若い……少年と言って良い程若い男が立っていた。 教授が一人で在宅していると決めつけていた訳ではないが あまりに気配がなかったので少し驚く。 病人とは、この男の事か? プラチナブロンドに近い明るい金髪は、先日の取引の際 教授に付き添っていた男と同じだった。 恐らく、この男が教授の身の回りの世話をしている。 教授の手が届くはずもない高い棚に書類を整理しているのも彼だろう。 男は、愛想の良い笑顔を浮かべて私たちを見ていた。 「すみません〜内装業者ですが下の階のエドガーさんのご依頼で こちらのお部屋の床の点検に来ました」 「……」 マーロウが口早に説明するが、男は笑顔のまま無視して、 私たちの肩越しに教授を探す。 教授を見つけた男は、凄い早さで手を動かし始めた。 振り返ると、教授も手を動かして応えている。 「耳が……」 私たちを通り越して、私たちに分からない手段で交わされる会話。 手話を習得しておけば良かった、と内心舌打ちしたが そのくらい見越して余人には分からないアレンジを加えてあるか。 この金髪の男は、耳以外は至って健康そうで こんな人間がいては、スムーズに部屋に入るのは難しいかも知れない。 と思ったが、しばらく教授と話した男は、一歩下がって意外にもあっさりと ドアを大きく開けた。 マーロウと無言で入ると、そこは客用寝室に丁度良い大きさの さっぱりした部屋で、確かに簡素なベッド一つしかなかった。 しかし窓が無く、よく見ると部屋全体に防音措置が施されていて 片隅には三脚に設置されたビデオカメラがある。 ベッドの上には真っ白いリネンのカバーが掛けてあり、人一人分膨らんでいた。 掛布の横から手首がはみ出ているが、その手は細く、白く、血の気がない。 男が立ちはだかっているが、さり気なく枕元の方を見ると、 それはやはり……夜神だった。 別れたのはたった五日前だが、随分久しぶりにその顔を見たような気がした。 目を、閉じている。 顔が、白さを通り越して土気色になっている。 瞼が深く落ち窪んでいる様は、地下牢から出した当初を思い出させる。 まだ油断は出来ないが、やはり安堵した。 生きているか死んでいるかはともかく、監禁されていたとするならば…… 夜神は、裏切っていなかった。 自分で発信器を外した訳では、なかった。 生かされているとするならば、恐らくまだ私の情報を全て吐いてもいない。 これが罠ではなければ、だが。 あとは、リネンの下から狙撃してきたりしなければ……。 腕を軽く突かれて振り向くと、マーロウが「どうする?」という顔をしていた。 夜神を見つけた以上、正体を隠す必要もない。 私が無言で銃を取り出すと、マーロウも偽装の書類を捨てて銃を構えた。 「その人は、私の知り合いです。連れて帰ります」 金髪が読みとれるように、ゆっくりと唇を動かして伝える。 外にいる教授の表情は見えないが、若い男は全く慌てず 携帯電話をこちらに向けて差し出した。 仕方なく、男の顔に銃を向けながら一歩二歩、近づく。 “おまえが本物のLだな?_” 小さな入力画面には、シンプルな文章が表れていた。 私が先に正体を現したのだが、男も善良な市民の仮面を 音もなく静かに脱いだ。 私たちは、Lを狙う爆破犯と銃を構えた侵入者。 徐々に高まっていた緊張が、一気に限界まで膨らむ。 「いいえ。その人が、『L』です」 夜神が未だ何も言わず、アーロン、あるいはLであるという態度を 貫いている場合の事を考え、それを通した。 “嘘吐き_” 「……」 私が文章を読んだのを確認した男は、また親指を素早く動かして 新たな文を入力する。 “Lは首輪なんかしない 首輪を着けさせたりしない_” 「あなたは、誰なんですか。Lの何を知っているのですか」 こちらは銃を突きつけているのだから、夜神から離れさせて 彼を連れて帰るのは簡単だ。 だが、その前に出来るだけ情報を引き出したい。 彼らは一体何者なのか。 何故、私を狙うのか。 “おまえを引っぱり出すのには 本当に手間が掛かった_” 「Lに会いたかったなら、普通に呼んだら良かったんじゃないですかね」 “呼んだ おまえが 興味を持ちそうな 不可能犯罪を起こしたが おまえは 絶対に 現場に来なかった_” 「現場に行かなくても解決出来る程度の事件だったんでしょう。 参考までに伺いますが、どの事件の事でしょうか」 “ルルタビーユ事件 ロレンツァ・モンタルバーノ殺害事件_” まさか答えるまいと思ったが、あっさりと返答されて拍子抜けする。 二つとも、最近ニアが担当した事件だ。 どちらも一見不可能犯罪に見えるが、それぞれ情報と金と 条件が合えば成立させられる。 ニアも、マスコミ関係者と地元の素封家を洗うようにそれぞれの現場に指示して、 それで犯人は捕まった筈だ。
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