往生際 1 お互い裸になって向い合い、勃ち上がりかけた竜崎のペニスを 舐めろと言われた。 「無理」 「そうですか。ならばローションもジェルもないので今日は難しいですね」 「ああ、そう……」 ホッとして言うと、竜崎は不興げにぱたりと横になった。 情緒も何もないが、何となく寄り添って僕も横たわると、小さく身じろぎする。 「……」 「……」 しばらくして竜崎が、くるりとこちらに顔を向けた。 「夜神くん」 「……何」 「当たってます」 「……」 “愛しているのだから”何気なく側に寄ろうと思った。 腰骨辺りに当たってしまった事は気付いたが、“愛しているのだから” 避けるのも変だと思った。 だが、先方に指摘されるとやはり恥ずかしい。 「ご、ごめん……気持ち悪かった、よな」 「いえ。特に不快ではありませんが、勃起していないな、と思いまして」 「え?」 「愛する私が隣に居て、しかも全裸です。欲情しないんですか?」 「いや……」 何だろう、コイツのこのデリカシーのなさは。 身も蓋もない物言いは。 「何て言うか……そういう事じゃないんだ」 「ならどういう事なんですか?」 「僕は確かにお前が好きだけれど、肉欲を伴う物じゃないというか。 実は一緒に捜査したり、話すだけで十分なんだ」 僕は竜崎と出会って初めて、「しのぎを削る」という感覚を覚えた。 自分と対等か、それ以上の能力の持ち主が存在する事を知った。 手放したくないと、これからも研鑽し合って行きたいと思うのは当然だ。 「では、何故私と同棲を?」 「ど、同棲って」 「あなたは私が好きだと、私と暮らしたいと涙ながらにお父上に訴えました。 普通なら、好きなだけセックスしたいという意味になると思いますが」 「いや、いやいやいや!」 「違います?」 違う! ……けれど、何故、あんなに竜崎と暮らしたいと熱望したのか、 自分がゲイだと周りに思われてまで、竜崎と一緒に寝ているのか、 それが思い出せない……。 「おまえは?」 「答えずに同じ質問を返して来るのは降参と見て良いですか?」 「降参とかないだろ。答えろよ、何故僕と暮らしてるんだ?」 「……あなたに告白されて、絆されたからです」 「さっきは、おまえが言い出したって。 それを僕が受け容れたって、言ってなかったか?」 「覚えていません」 何だ……。 この目眩は。 確かに竜崎は先程、 『キラとして、逮捕しない代わりに私の物になる。 そういう事でしたよね?』 そう言った。 これは。 「なあ、竜崎……そろそろ『お前の設定』を教えてくれないか?」 竜崎が、何か迂遠な手を使って僕を欺こうとしている……。 それ以外ない。 「随分な言い方ですね。 『私の真実』は、あなたが受け容れないので話したくありません」 「言ってみなければ分からないだろ」 「……では。『私が真実だと認識している事』を話します」 用心深い物言いだ。 こちらも用心しながら次の言葉を待っていると、竜崎は不意に 僕の頭を両手で掴んで、マットに引き倒した。 「ので、その前にさせて下さい」 「おい!今日は無理って自分で言っただろう!」 「潤滑剤がないので『難しい』とは言いましたが『無理』とは言っていません。 オムレツに使った生卵、まだ残ってますよね?」 足に当たる物は、その欲望を示すように熱く硬い。 嘘吐きのくせに身体は正直なんだな、などと今更な事をどこか冷静に考えながら 僕は全力で抵抗した。 「僕を、力尽くでどうにかできると思うな!」 叫びながら思い切り腹を蹴ると、飛び退いた竜崎のそれは、急速に萎えて行く。 「危ないですよ……当たったらどうするんですか」 「……」 はぁはぁとお互い荒い息を吐きながら、ベッドの上でファイティングポーズを取って。 やがて竜崎が先に拳を下ろし、座り込んだ。 「……分かりました。気は進みませんが話します」 「最初から、そうやって素直になってくれれば手間は無いのに」 「それを言うなら素直にさせてくれれば良かったのでは?」 「だから!そういうのじゃないから!」 竜崎から離れた所に、僕も座って足を抱える。 下の方に向けられた視線に気付き、慌てて膝を閉じた。 「まず、あなたはキラです」 いきなりの言葉に、目眩が強くなった。 「おい、」 「取り敢えず黙って聞いて下さい。正確に言うとあなたはキラ『でした』。 監禁中に記憶を失い、手錠生活の終わり頃にキラの記憶を取り戻しました」 「どうやって」 「それは分かりません。ただ、殺人ノートの機能の一つではある筈です」 「そんなの、おまえの妄想だろ」 「そう思って貰って構いません。 私は嘘のルールを使ってあなたがキラだと証明したのですが…… その辺り、覚えてます?」 「……」 そんな事。 あり得ない。 僕がキラだという事も。 それを認めた事も、且つ全く覚えていない、などという事も、考えられない。 「……記憶にはない」 「でしょうね。やはりあなたは再び記憶を失ったとしか考えられない。 だとしても私はあなたを捕らえ、司法の手に引き渡す事だって出来た。 でも、しませんでした。何故だか分かります?」 「……分かるわけないだろ」 「あなたを気に入ったからです。 生まれて初めて誰かを好きだと、欲しいと思いました」 「……」 饒舌過ぎる竜崎。 というか僕が、竜崎を好きになったんじゃないのか? いや……確かに好き、だと思う……が。 そんな事よりも。
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