往生際 2
往生際 2








「あなたがキラである事を公表せず、逮捕もしない。
 その代わり私の物になって下さいと言うと、あなたは頷きました」

「ちょっと待ってくれ……」

「なのにあなたは私とセックスはしたくない、と言う。
 そもそもあなたは拒否出来ない筈なんです。キラの記憶があれば。
 だからあなたも」

「いやいや!だから、僕がキラだという前提からしておかしいから!
 それが本当なら、僕にキラの記憶を戻せば良いだろう!出来るものならな。
 口先三寸で丸め込もうとしても無駄だ」

「……まあ、最終的には記憶を戻すべく色々実験してみるのも手ですが」


竜崎は指を咥えて、斜め上を見上げた。


「キラであるあなたは、私を愛してはくれません」

「……」


何を。
何を馬鹿げた事を言っているんだ。


「僕に限らず、キラだったらLを好きになる事はあり得ないだろうね」

「でも今のあなたは、私を好きだと、愛していると言ってくれました」


そう言って今度は真っ直ぐに僕の目を見つめる。
恥ずかしい台詞を吐きながら目を逸らさないのは、こいつの特殊な癖だ。


「人からそんな事を言われたのはさっきが初めてで、正直心が震えました。
 自分でも驚くほど感動しました」

「……」


全く感動しているようには見えないが。
と、言う事は逆に、本当なのかも知れない。
そう思うと、また少し泣きそうな気分になった。


「……嘘じゃ、ない。僕は心からおまえに惹かれたから、
 ずっとお前と一緒に居たいと思った。この気持ちは本当だ」

「はい。そう言ってくれるからこそ、あなたにキラの記憶を戻すのは惜しい。
 と思いました」

「だからこそ、僕はキラじゃない、という考え方にはならないのか」

「私の目の前であなた自身が認めましたし」

「……」


この男は……何故、こんな白々しい嘘を平気で吐けるのだろう。

竜崎は僕が「キラであって欲しい」と言った。
だが一緒に暮らして、僕がキラでない事も分かった筈だ。
夜神月=キラを成立させる方法論にはただ一つ、「記憶喪失」しかない。
それは、彼にとって非常に都合の良い解釈だ。

だから、そこに固執する。
今だって、僕が竜崎の物になると言ったなんて、そんな都合の良い、
あり得ない事を……。

いや、僕は竜崎の物……だよな?
竜崎と付き合えて嬉しい……筈。


「……とにかく。そんな事は全く信用出来ない。
 何よりお前が僕の気持ちを信じてくれていないって事がショックだな」

「『現在のあなた』が、身体ごと私を受け容れてくれれば
 一番都合が良いんですが……」

「お前の都合なんか知るか!」

「誤解です夜神くん」


そう言うと竜崎は、膝で僕の方ににじり寄ってきた。


「お互いにとって、都合が良いんです」


そう言って僕の肩を抱こうとした手の、両手首を掴んで阻止する。


「私はあなたの心も体も手に入れられる。
 あなただってキラであった過去を消し去り、好きな私と一緒に暮らせる」


僕は歯を食いしばって、のし掛かってくる竜崎をじりじりと押し返した。


「そう、いう言い分なら、尚更お前に抱かれるなんて出来ないな。
 自分がキラであった、なんて与太を認める事になる」

「だから言いたくなかったんです」


言いたかった癖に。
本気で僕が、そんな下らない洗脳にはまると思っていたのか。


「僕がキラだというのなら、まずそれを証明しろ」

「それは簡単な事なのですが、それをすればあなたは、
 私を好きだという気持ちが偽りだと気付いてしまう」

「偽りなんかじゃない!僕は、本当にお前が好きなんだ。
 自分からお前を好きになったんだ」

「いいえ。最初に好きになったのは私です」

「おかしいだろう!だとしたらお前は、キラを好きになった事になる」

「いけませんか?」

「駄目だね!そんな、人を人とも思わないような残忍な犯罪者に愛情を注ぐなんて、
 探偵業に対する冒涜だ!」

「夜神くん!」


軽口にも似た、早口の応酬の後に竜崎は突然怒鳴った。
ゾッとする程見開いた目で、僕を見つめる。


「……私が愛した人間を、貶さないで下さい」

「僕は」


言いかけて何を言うべきか分からず、手の力を抜くと
どさりと押し倒された。


「僕は、お前を愛している。その自信がある」


大学の入試会場で出会った人間で、覚えているのは竜崎だけだ。
入学式でLだと名乗り出られて。
テニスの試合をして、一緒に喫茶店に行って。


「僕から、お前を好きになったんだ。
 頼むからお前の言う、僕をキラに戻す実験をしてみてくれ」


お前との時間はスリリングだった。
もしかしたら生まれて初めて、僕は「楽しい」と思った。
人生が変わった。
本当なんだ。


「それで戻らなかったら、」


信じてくれ。


「お互い何のしこりもなく……愛し合えるだろう?」

「……」


慣れない言葉に、耳が熱くなる。
女の子相手ならいくらでもくさい台詞が吐けるのに、どうして竜崎だとこうなんだろう。
……それだけ本気だから、かな。

対する竜崎は、いつもよりも更に青ざめているように見えた。


「あなたの要求を聞くまでお預け、という事ですか」

「ああ。僕は元々そういう、男同士でセックスとかは考えられない方だけれど、
 お前が僕の気持ちと、キラじゃない事を信じてくれたら気が変わるかも知れない」


あくまでも「かも知れない」、だけれど。
竜崎はまた斜め上を見上げて、口を半開きにした。


「……私、ちょっと後悔しています」

「何を」

「さっきの事です」

「だからいつ!」

「我々が、最接近記録を更新した瞬間です」

「……」


押し倒されて……服を脱がされた時か……。


「多少強引にでも、抱いてしまえば良かった……私にはそれが出来たのに
 つい、あなたに、キラの記憶がない月くんに情を移してしまいました。
 失敗です」

「……」


残念がる言葉とは裏腹に、竜崎は目を細めて
まるで舌なめずりをしそうな顔だった。

コイツ……。


「……僕が記憶を失ったキラだと仮定して」

「はい」

「だとすればお前は……まるで捕まえた鼠をいたぶる猫だ」

「……ほう」

「記憶を取り戻せば僕はお前の要求を拒否できないし、記憶がなくとも
 お前を好きだと言っているのだから何とでも出来るだろうと思ってるだろ。
 ……そしてその状況を、楽しんでるな?」

「さすが、お利口ですね。夜神くん」


愛、だろうか。
この、殴り、殺してやりたい、
という激情。
の源。



「私を、愛していますか?」


「……ああ。愛してる」


「好きですか?」


「ああ。とても」



愛してるよ、竜崎。
だからお前の言う事を信じてやる。

だとしたら、僕はキラという事になる。
ならばお前を愛する道理はないよな?


残念だろうけれど、このパラドックスが解けるまでおあずけだよ。

だってお前も、Lという職業に背くほど、僕が好きなんだろ?



「やっぱりあなたは、素敵です」

「それはどうも」

「あなたが私を受け容れてくれるまで、ゲームを楽しみましょう」

「圧倒的に僕が不利なゲームだけどね」

「……逃げないで下さいね?夜神くん」



逃げないよ。
だって僕は、本気でお前を愛している。




……キラじゃなければ。だけどね。






--了--






※蛇足。





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