Open the grave 2 存分に手を合わせた夜神は、立ち上がって墓を掃除し始めた。 入り口の事務所は閉まっていたが、掃除用具等は貸し出ししている。 落ち葉を掃いた後、いきなり墓石に水を掛け出したのには驚いたが そういう物らしい。 夜神家の墓は新しく、側面に漢字だけで長い文が二行彫られていた。 一つには「総」の字があり、もう一文には「月」の字が含まれていて それぞれの下に命日らしき文字が彫ってある。 恐らく仏教的な、夜神総一郎と夜神月の死後の名前なのだろう。 背面には「夜神幸子」の文字が彫ってあり(建立者らしい) 前面には「夜神家之墓」、下方に丸で囲まれた花のような模様が彫ってあった。 「このエンブレムの付いた場所は?」 「ああ、そこは開くんだ。中に骨壷が入っている」 「……開けてください」 墓のシステムからして、デスノートを隠すとしたらそこしかない。 そう私が疑っている事が、言わなくても伝わったのだろう。 「僕の骨が、出てきたらどうする?」 「下らない事言ってないで開けて下さい。 開けられない理由があるんですか?」 「理由も何も、普通は墓なんか暴かないだろ?」 「これ以上ふざけたら、」 ニヤニヤ笑いながら揶揄うように言われて、反射的に声が大きくなる。 夜神は吹き出して、立ち上がった。 「嘘だよ。ここは開かない。よく見たら縁が切れてないだろ? 骨は菩提寺のロッカールームにある」 良く見ると確かに、蓋風ではあるが本体に線を刻んであるだけで 独立していなかった。 「ならそのロッカーを開けて下さい」 「無理だよ!骨を入れる時以外は絶対に開けてくれないし、 本当にコインロッカーみたいで中が丸見えだから、ノートを隠す場所なんかない」 おまえの言う事なんか、当てになるものか。 「母か粧裕に万が一の事があったらノートが大勢の目に晒されるんだから、 そんな危ない場所には隠さないよ。 っていうか僕の納骨の時に開けた筈だろ?」 「ロッカーなら何とかなるかも知れません。ちょっとピッキングして良いですか?」 「僕がいない時にしてくれ!それか、警察に言って調べて貰えば?」 「その手がありましたね」 私が携帯電話を取り出すと、突然夜神が横の山の斜面に上り始めた。 「何……」 言いかけて、背後の気配に気づく。 硬い靴底で砂利を踏む音の後、階段を上って来る誰かの頭部が見えた。 逃げなければ……そう思うが、何処にも逃げる場所がない。 夜神のように身軽に斜面を登って藪に隠れる事が出来れば良かったが、 身体能力的に無理だし、もうそのタイミングでもなかった。 仕方なく開き直って通じていない携帯に向かって「じゃあまた電話する」 等と言って蓋を閉め、夜神家の墓に向かって手を合わせる。 他の墓に来た客だと思ったが、花を持って現れたのは……何とヤマモトだった。 まずいな。 「あ……」 驚いたように口を開けた後、眼鏡に軽く手をやって息を吐く。 『あなたも、夜神のお参りですか?』 いきなり滑らかな英語で尋ねて来た。 『はい……』 『ああ、僕もだ。death anniversaryは仕事で来られなかったので』 ……その日はおまえは大黒埠頭にいたよな? まさかとも思うがこの姿だ、当然と言えば当然か。 私がその時会った「L」だと全く気づいていないらしい。 『death anniversary の次の日曜日だから、ご家族に会うかも知れないとは 思っていたけど、他にこの場所を知っている人が居るとは思いませんでした』 へぇ。まともな話し方も出来るんだな、ヤマモト。 マツダと同類だと思ったがそうでもないようだ。 ヤマモトはしゃがんで自らが持ってきた花をカサブランカの隙間に詰め、 線香に火を点ける。 手を振ってで火を消すと、墓石に向かって手を合わせた。 そのまま三十秒程も止まった後、立ち上がって改めて私を見る。 『……改めて。夜神と同じ高校だった山本と言います。 失礼だけど、あなたは?』 今は偽名を徹底させろと言っただろう! 何を初対面の外国人に本名名乗ってるんだ。 『大学の、交換留学生で夜神さんの後輩になります。 Jane.smith と言います』 私があからさまな偽名を名乗った事に少し鼻白んだようだが、 すぐに笑顔を作った。 『へえ!東大なんだ、凄いね。 夜神は、面倒見が良かったでしょう?』 『そうですね……』 まあ、よく世話をして貰っている事は否定できない。 『とても助けて貰いました。ヤマモトさんも?』 『俺はガキの頃からの腐れ縁だから』 ヤマモトはそこで、少し眉を寄せて『……だったから』と言い直した。 『子どもの頃からライトさんを知っているんですか?』 『って言っても中学からだけどね』 『どんな人でした?』 『ヤな奴だったなぁ』 歯を見せて笑いながら、ヤマモトは頭を搔く。 でしょうね、と言いたいが、それでは話が続かないだろうから 少し目を見開いて見せた。 『何でも一番。何でも出来て当たり前。 それを鼻にかけない所がまた嫌味でね』 『へえ。昔から優秀だったんですね』 『そりゃもう!あんなに良く勉強が出来た奴はいなかったなぁ。 あいつに比べたら俺達はさぞバカで幼稚に見えたと思う』 『でも、それを表わさなかったんですよね?』 『そう。なんか、幼稚園児と遊んでる中学生みたいな感じで。 出来て当たり前だから、自慢もしない。 他の奴らを助けるのが当たり前で、恩も着せない、そんな奴だった』 『……よくそんな奴と友だちやってましたね』 『自分と完璧にレベルを合わせてくれてる、しかも年齢の違いを感じさせない、 そんな中学生に懐かない幼稚園児はいないだろ?』 『これはまた随分卑屈な』 『まあアイツも、精神年齢はある意味オレ以下だったからね』 そこで私は、ヤマモトの「ヤな奴」発言も次々と語られる鼻持ちならないエピソードも 悪口ではないのだと気づいた。 『あいつは自分が特別優秀な人間だとよく理解していた。 それを生かして、出来るだけ沢山の人間の為に何かをしたいと考えていた』 『……』 『医者になろうと思った事もあるけど、それでも生涯に救える人間の数は知れている。 悪人を出来るだけ捕まえることが一番沢山の人の幸せを守れる道だって、 中学の頃から言ってたな』 『……それは、世の医師に対して失礼な言い草ですし、傲慢では?』 『そうなんだけど、あいつらしいよ。 それにそんな物の言い方をしていたのは中学までだし』 夜神は、この会話をきっと聞いているだろう。 どんな表情で聞いているのだろうか。 『公平な奴で、友だちだからって特別扱いなんかしてくれなかったけど そうやって少しでも本音を聞かせてくれると、嬉しかったなぁ』 『……』 『本当に、ムカつく位恵まれた奴だったけど……、 あんなに他人の為に生きようとしてた奴はいなかった」 途中で日本語に切り替わったのは、どういう訳だろう。 語彙がなくなったという訳でもないだろうに。 「なんで、あんな奴が……、早死に、するんだろうな?」 気がつくと、ヤマモトの声が震えている。 鼻と目の淵が紅潮していた。 見られたくないのか、不自然に顔を逸らす。 その仕草で、私に聞かれたくないから英語を止めたのだと察した。 生憎だが、私は日本語を解する。 聞かれたくない事は、口にしないに限るぞ、ヤマモト。 と言いたかったが、取り敢えず日本語が分からない振りをする事に決めたので止めた。
|