Open the grave 1
Open the Grave 1








「次の行き先は、僕が指定していい?」

「駄目です」

「……普通、とりあえず何処に行きたいか位は聞かないか?」

「聞いて欲しいんですか?」


夜神は顔を顰めたが、私を一睨みした後小さく頷いた。
乗り込んだばかりのタクシー、スペイン語の会話は通じていないだろうが、
いきなり険悪なムードの外国人に運転手が困った顔をしている。


「なら聞くだけ聞きます」

「Lにも言ってあるが、父の墓参りに行きたいんだ」

「そういう事でしたか……いいですよ」

「そうか」


小さく息を吐いて、弛緩するように眉を開いた。
苛々する顔だ。


「イチバン、flower shop、after、○○レイエン、OK?」


夜神のわざとらしいカタコトに、それでも運転手は安堵の表情を浮かべる。
おっけーおっけーと軽く答え、拗れない内に送り届けてしまえとばかりに
アクセルを踏んだ。


……Lに、夜神が墓参りに行きたがる場合は特に
目を離さないようにと言われている。


日本の墓の構造は今一つ調査しきれていないが、隠せる場合は
死のノートの隠し場所としては確かに気が利いている方だ。


「でもその前に」


顔を覗き込むと、夜神はにこやかなままの顔をこちらに向けた。


「あなたが殺した全員の墓参りをするべきでは?」


真顔で言うと、夜神の、表情が消えていく。
特に目は完全に色を失ったが、口元には辛うじて微笑を残した。


「……」


「冗談きついな」、と笑いに紛らわせるか。
それとも「それは無理だ」とまともな答えが来るか、心の中で身構えて待つ。
いずれにしても手酷く反撃してやるつもりだったが……夜神は無言だった。

花屋の到着するまでの、沈黙の十数分。


「……放置されると、辛いんですが」


車が止まったのを機にそう言うと、夜神は微笑んで私の肩を抱き寄せた。

……何だその「悪いと思ってるならもういい」みたいなリアクションは。
私は別におかしな事は言っていないし、謝ってもいないぞ!

だが。
考えれば、今までによく遭遇したパターンとはまるで違う。
院では無視されても去られても何も困らなかったが
今現在はどう考えても私の方が不利なのだ。

『夜神月 ニアをLの元に無事送り届けた後死亡』

こんな馬鹿馬鹿しいデスノートの使い方はさすがに気が引ける。
今は、夜神を怒らせるのは得策ではない。

私は、Lの言った「人質」という言葉の意味を嫌と言う程噛み締めた。





「偶然だけど、うちの菩提寺がこの近くなんだ。
 だから母と妹も近所でコテージを借りて療養している」

「菩提寺とやらが本当にあるのなら偶然ですが、
 お母さんと妹さんが近いのはお墓があるからじゃないですよね?」

「……知っていたのか」

「勿論」


夜神の妹は、メロに誘拐され父親を殺された後精神を病んだ。

その為、アマネと同じく、警察(公安か)と関わりのある先程の病院の
精神科に世話になっている。


「実家には行けませんよ?」

「分かってる」


よもや家族に会えると思ってはいないだろうが、釘を刺さずにいられなかった。
今は絶対に、こいつに主導権を取られる訳には行かない。

夜神は花屋で白い花束を買い、タクシーはやがて
幹線から少し入った丘にある墓地で止まった。



日本の墓というのは、知識としては知っていたが、やはり実際に見ると
狭苦しいと思う。
私ならこんな墓には絶対に入りたくないと思うが、死ねば関係ないという事か。
生きていても入りたいと思えるような、イギリスの墓とは根本的に違う。

夜神に手を引かれて味気のないコンクリートの通路を通り、
雑草の生えた狭い階段を上った。
通路の両側にはまちまちの古さ、大きさの石碑が並び、時折長い木切れが刺してある。


「あれ……?」


夜神らしからぬ間抜けな声に惹かれてその視線を追うと、目指す先に
遠目にも新しい花が飾ってあった。
夜神は自分の花と見比べる。
それは、夜神が持っているのとほぼ同じ花束だった。


「これって、」

「驚く程の事でもないでしょう?
 あなたが好きな花を、誰かがあなたの命日に供えた。
 それだけの事」

「ああ……」


そこで、自分が一年前の一昨日死んだ事を思い出したらしい。
花が供えてあったのは、正に夜神家の墓だった。


「そうか……僕にも、花を供えてくれる人がいるのか」

「あなたがキラだという事は公表されていませんから。
 誰が供えたか分かります?」

「……」


夜神は、考え込んでいた。


「僕には好きな花なんてないよ……というか、好きな物があっても
 他言しないようにしていたし」

「そうなんですか?何故ですか?」

「僕が何かを好きだと言うと、すぐにそれやその関連商品をくれようとする
 女の子達がどこにでもいて……」


それはそれは。モテる男も大変ですね。

と嫌味を言おうと思ったが、夜神のダメージに繋がらない事に気づいて思い止まる。
どうも本当に、自慢をしているつもりはないようだった。

真剣に考え込んでいた夜神が、ふと思いついたように顔を上げる。


「思い出した……カサブランカが好きだと、一度だけ言った事がある」

「じゃあその人ですね。恋人の一人ですか?」

「いや、粧裕だ」

「妹さんですか。兄思いですね」

「ああ……かなり良くなってるんだな。
 たった一度何気なく言っただけなのに思い出してくれたなんて」


嘆息して夜神は、……幸せそうに、目を細めた。


「粧裕がずっと小さい頃、幼稚園生位だったかな、母の誕生日に
 素敵な花を贈りたいと言って」


……二人で手を繋いで近所の花屋に行った事。
妹が気に入ったのは、その花屋で一番高価であったカサブランカだった事。
当然小遣いでは足らなかったので、夜神がオトシダマという物を切り崩して買った事。

聞いてもいないのに語られる、夜神と妹との小さな思い出。
思い浮かぶのは、古びた絵本をめくるような柔らかい色合いの風景だ。

……数年後、カサブランカが子どもの贈り物には不相応であった事に
気づいた妹が謝りに来た事。
自分も好きな花だから買いたかったんだと答えた事。

それは、私にはまるで映画かお伽噺の中の出来事のようで。
遠すぎる。
リアリティがない。

それでも、目の前にいる人物が実際に体験した事なのだと思うと
四分の一くらいフィクションの世界に迷い込んでしまったような、
不思議な気分になった。


「だから僕が好きな花というよりは、妹の好きな花なんだけど……」


墓の前に着いた夜神は、先にあったカサブランカの、開いた花粉を落とす。
百合特有の噎せ返るような甘い香りが漂った。


「花粉は予め取っておかないと服に付いたら取れないって、その時教わった」


オトシダマを握り締めて高価な花を買いに来た、幼く美しい兄妹。
さっきの無愛想な花屋の親父であったとしてもきっと目尻を下げたであろう。


「……まさか十年後に大量殺人鬼になるとは露知らず」

「何か言ったか?」

「聞こえてた癖に」

「……」


夜神は横目で私を睨んだが、その後は無視して墓の前にしゃがみ込み
手を合わせた。

……いくらカサブランカが好きだと言ったとしても、束の大きさやデザインが
これ程似るわけがない。
きっと、母に買った思い出の花束を、二人とも無意識に再現したのだろう。

また、お伽噺だ。

胸の奥に、ちくちくと芽生えたこの感情は、一体何だろう。
私の行動に影響を与える程では全くないが、言うに言われぬこの不快感。
美しすぎる符号が、胡散臭くて嫌なのだろうか?

兄弟を持たない私にはどうせ分からない。
私は小さな疑問を、心の中のダストボックスに放り込んだ。






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