Near 4
Near 4








夜神がお茶を入れている間に、ニアがブドウ糖を口の中で転がしながら
近づいてきた。


「日本は、スキンシップが殆どない文化ではなかったのですか」

「まあ男性同士は基本そうだ」

「ならどうしてあの人は私にべたべた触れて来るのでしょう」

「さっきの事か?」

「それだけではありません。ベッドルームに行く時手を引いたり、
 お茶を零さないように手を添えたり。
 そんなものは、零してからテーブルを拭いてくれればいいものを」

「う〜ん……ぎりぎり『矯正』ではない、か」

「何か企んでいるのですか?」

「私は何も」


予想はしていただろうが、私を味方に付けられないとはっきり分かって
ニアは小さな溜息を吐いた。


「L……こんな事は言いたくないですが、助けて下さい」

「本当に珍しい。何から助ければ?」

「彼からです。……懐柔されそうです」

「まあ、さっきはあなたの圧勝かと思ったがいきなり自滅したな」

「自分で訳が分かりません。夜だって」

「……もしかして何かされているのか?」

「ベッドで、日本のおとぎ話を聞かされます。
 英訳を全シリーズ暗記したことがあるそうです」

「……」

「困ったことに、面白いんです。それでも低い静かな声で話されると、
 最後まで聞けずに寝てしまいます」

「何が困るんだ?続きを聞きたいとせがめばいいだろうに」

「……そんな事、出来ません」


私の性格を知っているくせにと、顔には出さないが思っているだろう。

私は人格者ではないが、ニアが本当に窮していたら助ける。
助ける気になれないのは、夜神の邪魔をしたくないという以上に
ニアが心底困っている訳ではないだろうと思うからだ。


「では、懐柔されてみてはどうだ?」

「嫌です」

「夜神にどうして欲しい?」

「……私に、不用意に触れないで欲しい。
 最後まで聞かせてくれないのなら、おとぎ話なんかしないで欲しい」

「だそうです月くん」


丁度お茶のサーバーを持ってきた夜神に話しかける。
どうせ直前の会話は聞いていただろう。


「ニアも、僕に直接言ってくれたらいいのに」

「何度も言いましたが」

「そうだな、ニアは柔らかくて骨も細くてマシュマロみたいに触り心地が良いよ」


夜神が俯いてソーサーにカップを並べながら言う。
ニアは、スプーンを取り落とす。


「だからやめない。あ、でも勿論いやらしい気持ちは一切ないよ」

「……仮に本当にそうだとしても、それをわざわざ私に言うのは
 嫌がらせですよね」

「おとぎ話は普通に、昨夜ここまで聞いていたと教えてくれれば
 続きを話すし」

「……」


夜神は返事が出来ないニアをしばらく楽しげに見ていたが、
ふと顔を上げた。


「そうだL、メールチェックしてきていいか?」

「お願いします」


シンジケートに潜り込ませている密売人から、そろそろ取引内容の
連絡があるはずだ。
夜神も私も、それを待ちこがれている。

その件に噛んでいないニアは、興味なさげにスプーンをくるくると回した。


「……ゾッとしました」

「何が?」

「いえ……私の、触り心地を、」

「ああは言っていたが他に狙いがあるのだろう」

「だとは思いますが」


落ち着いている所を見ると、百も承知なのだろう。
ただ、真っ白いジグソーパズルを見せられた時も眉一つ動かさなかった彼が
今は途方に暮れているように見えた。


「彼は……確かによくやってくれています。
 ワイミーの寛容と気配りを持っています……でも」


ニアが言葉を濁す。
続きが分からないでもなかったが、私も無言で促す。


「……メロの質の悪さと図々しさをも併せ持っています」


ニアにとって「存命」というのは「積み上げつつあるダイスタワー」に近いように思う。
死んだという事は、「崩れたダイスタワー」だ。

高く積み上がる事は喜ばしいし、それが崩れると残念には思う。
だが、いつかは必ず崩れる物で、そして所詮同じパーツから成る物だ。
そのように考えているとしか思えない節がしばしば見受けられる。

それでも夜神というタワーの中に、既に崩れたメロに似たダイスを見つけて
一抹の懐かしさは覚えているらしい。


「あなたが直接知っている人物の数など多寡が知れている。
 夜神の中にワイミーやメロを見いだすのは乱暴だ」

「はい。夜神はワイミーでもメロでもありません。
 単純に言えばナニー(乳母)で……そして、キラです」

「嫌ではないんだろう?」

「……困ります」


それは、困っているのではなく戸惑っているのだ。
私も傍目で見て戸惑う。

だが元々、夜神は他人の幸せを願える人間だ。
ゲームだと言っていたが、恐らく幼い粧裕にしたように
ニアの世話を焼くのが単純に楽しいのだろうと推測する。


「L」


その時、顔に緊張を走らせた夜神が、私を呼んだ。


「来ましたか」

「ああ。しかも、麻薬と武器の、二重取引だ」

「日時は?」

「25……明後日だな」

「月くん、体は大丈夫ですか?」

「ああ。二日あれば多少は走れるようになる。
 ハワイで一度だが、銃を打ったこともあるよ」

「私たちが現場に行く訳ではありません」


にわかに慌ただしくなった空気に、ニアもうっそりと顔を上げる。
言っていなかったが今、夜神も私と共に行くのだと理解しただろう。


「いつ、発つのですか?」

「下見がしたいので、明日午前ですね」

「何、寂しいの?ニア」

「まさか。明日からは久しぶりに落ち着けます」


ずずっと紅茶を啜ったニアの頬には、確かに安堵の色も浮かんでいた。
PCの前から立ち上がった夜神が、ニアのジオラマの横でふと足を止める。


「そうだニア。この駅の構内の現場って、『L』が手がけるくらいだから 
 特殊なんだろう?何が普通と違うんだ?」

「はい。面白くもないしクラシックですが、完全密室です」

「へぇ。また死神がノートを落としたかな?」

「不吉な事を言わないで下さい。デスノートを以てしても不可能な
 凶器のない他殺体ですよ」

「よっぽど田舎の駅?」

「その通りです」

「……じゃあ、犯人は『L』だ。おまえなら、出来るよな?」


人差し指と親指を立てて、私を銃で撃つ真似をする。


「まあ、可能ですね」
「私、何か言いましたっけ?」


思わずニアと同時に喋ってしまうと、夜神もばつが悪そうに
「なんだ、とっくに解決済みか」と苦笑した。





「そう言えば昨夜は、ニアに随分恨み言を言われたよ」

「そうなんですか?」


翌日、ロンドンに向かう車の中で、捜査概要の話が途切れた時に
夜神が不意に口を開けた。
結局昨夜も、夜神は自室に戻らずニアのベッドで寝ている。


「本当に触られるのが嫌なんだとか
 男同士で同じベッドなんてあり得ないとか」

「そういう事は気にしないというか、それ以前の人だと思っていましたが」

「だろ?」

「とは?」

「僕が、少しだけニアを変えたという事さ」

「ああ、例のゲームですか」

「癖を直す所までは行かなかったけれど、四日にしては上出来だ」


満足そうに笑う夜神を見て、何故か少し気落ちした。
私は、夜神が本気で粧裕のようにニアを可愛がってくれればと、
思っていたのだろうか。
あり得ない事なのに。


「そのセリフ、ニアに言ったら傷つくかも知れませんね」

「まさか。あいつはそこまでヤワじゃないよ」


そうだろうが。
どんなに鈍感で強靱な精神でも、全く無傷ではいられないのだ夜神月。


「種明かしをして下さいよ。
 私には、あなたが徒に彼を懐かせているようにしか見えませんでした」

「ああ。本人は気付いてないだろうけど、眠っている時は
 僕にしがみついていたよ」

「……」

「ははっ。嫉妬した?」

「いいえ」


別れ際に、夜神が差し出した手を。
相変わらず指先で、でも最初より少しだけ長く摘んでいた丸い指。
「また来るよ」という言葉に、くるくると勢い良く髪を巻いていた指が止まった。


「本当に、夜腕枕をして話をした以外、特別な事はしていないんだ」

「二十歳前の男に、充分特別な事ですけどね」

「中身は十歳前後の粧裕と同レベルだったよ」

「……そんな事で優越感ですか」


我ながら突然、尖った声。
夜神が、驚いたようにこちらに顔を向ける。
抑えるか言ってしまうか数瞬迷って、やはり吐き出す事に決める。


「そんなに、悔しかったんですか?」

「……」

「ニアに負けた事」

「……まあね」


ああ。はっきりと宣戦布告してしまった。
今日明日は夜神の協力が欲しいと言うのに。
いや最悪、せめて邪魔されないようにホテルに閉じこめておけばいいか。


「でも僕がニアに近づいたのは、あの子を憎みたくなかったからだよ」

「憎まない為には関わらないのが一番かと思いますが」

「そうでもない。
 人間、自分が面倒を見た者は可愛いと思わずにいれらないもんだ」


可愛い?
自分がニアをそう思いたいから世話を焼いた?


「……」

「ニアにだって、僕と関わった事を絶対後悔させない。
 キラを生かしておいて自分にはプラスだったと、思わせてみせる」


ニアの……ためでもあると言うのか。
ニアを、本当に愛したというのか。


「……その過剰な自信、押しつけがましい独善、変わらないですね」

「何とでも言えよ。でも、ニアと睨み合っていては僕は進めない。
 ニアも、僕自身も変える必要があったんだ」

「あなた、一体何を企んでいるんですか?」

「別に」

「今は言えないという事ですね。時期が来たら教えて下さい」

「……」


夜神は少し何かを面白がるような顔をした後、窓の外に顔を向けた。


「……ニアに可愛いと言ったら、傷つくかな」

「どうでしょう。感情表現は淡泊な方ですが、それでも内心
 屈辱にまみれて立ち直れないかも知れませんね」

「なら今度会った時言ってみよう」

「月くん、そういう所は変わりましたね」

「そう?」

「以前は他人を揶揄うような人ではなかった」

「揶揄うつもりはなくて本気で可愛いと思ってるんだけど」

「そうなんですか?」

「妬いた?」

「だからどうしてそういう話に」



夜神の頭越しに窓の外に目をやると、緑の平原と青い空が広がっていた。

そこにぽつんと浮かんだ綿菓子のような雲は、
つかみ所のない少年を思い起こさせた。





--了--






※ニアの可愛さと気味悪さを表現出来ればと思いましたが難しいですね。






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