King and Queen 1 「ええっと……ベッドってこれだけ?」 「はい」 「……そう」 ホテルのダブルベッドをすうっと人差し指でなぞり、こちらをちらっと見る 夜神の目には軽蔑の色が顕れているような気がする。 私の気のせいか。 何故今更ダブルベッドなんだ、シングルとは言わなくても 男同士ならツインにするのが普通なんじゃないのか 怒ってもいい、そんな風に聞いてくれれば私も、 ホテルにいつものスイートのツインをと予約したら 「いつもの」で勘違いしやがってくれたフロントが いつものダブルの部屋を用意したんですつまりホテル側の手違いです と釈明出来るのに。 「他に部屋がないそうなので、不都合でしたらホテルを変えます」 「いや、別に良いよ。今更だろ」 しかし夜神は、察しているのかいないのか、理由も聞かずに あっさりと流してくれた。 彼と私は五年前、手錠でお互いを繋いで長期間生活している。 その当時もダブルベッドだった。 夜神は当初それだけはと猛反発していたが、終いに慣れた。 「こんな時間に今更」という以外に、その経緯もあっての「今更」だろう。 「ただ明日出掛ける時、フロントの目が怖いな」 「別に何とも思われないと思いますけど。 ゲイカップルなど珍しくもない街ですし」 「そういう問題じゃない」 わざとらしくため息を吐く。 「まあ、明日のために早く寝よう。先にシャワーを使ってくれ」 「私はいいです。月くんお先に」 「いいから。ここの金を出してるのはおまえなんだから、おまえが先に使えよ」 「変な所に拘りますね」 「はいはい。キラの確率3%アップね。もういいから」 「確率というのは100%以上は上がりませんよ?」 「分かった。先に使わせて貰うから、寝るなよ」 今日の昼ロンドンに到着してまず、私は調べ物をするために図書館に向かった。 その間に夜神には、数日過ごせるだけの服と下着と日用品、 それにスーツと伊達眼鏡を買いに行って貰っている。 土地鑑がない割には要領よく回ったらしく、全て過不足なく 用意されていた。 「お金を持って逃げようとは思わなかったんですか?」 「あのね。僕は引き受けた仕事を放り出したりはしない」 スーツを着る事自体久しぶりだが、吊しのスーツは初めてだ。 今日採寸して今日仕上げろなどとはとても言えないと夜神が言うので 既製品で妥協した。 いずれにせよ夜神とほぼ同じ体格というのは、とても都合が良い。 図書館のトイレで無地と縞とどちらが良いかと聞かれ、 適当に近い方を掴んで残った一着を夜神が着るように指示する。 それから明日の取引現場であるホテルに向かい、 エレベーターの中から打ち合わせた通りに演技をしながら 直接取引現場である部屋に突入した。 『大体!おめえの要領が悪いから先様だって、』 『すみません!至急本社に連絡を、』 『今更おせーんだよ!……つかなんだこの外人さんは』 「なんだおまえたちは!」 「か、鍵、どうやって開けたんだ?」 「中国人?日本人?観光客か?」 「観光客は来ないだろう」 空き部屋である確率と、首謀者が下見がてら前泊している可能性は 半々くらいだと思っていたが、何と人員を集めて 打ち合わせの最中だったらしい。 面子を確認できたのは幸運だが、こちらの仕事はやりにくくなった。 『日本語が分かる奴はいないみたいですが、勢いでこのまま行くぞ!』 『はい!すみません!』 『私が突き飛ばすから、さりげなく寝室へ入れ!』 『はい!すみません!』 「ちょっ、なんか凄い剣幕で喧嘩してるみたいだが」 「というか話を聞きたまえ、君たち!」 「部屋を間違えてるぞ!ここは私たちの部屋だ!」 『盗聴器!大丈夫ですか!』 『はい!何とか付いた!』 『盗撮は無理か!』 『何とか観葉植物につけたけど、目の向きは運次第だ!』 『上出来!』 「ボイスレコーダー」だの「カメラ」だの、日本語英語でも 万が一聞き取られては命が危ない。 それを夜神が察して「レンズ」という言葉を使わなかった事に満足した。 まあ、咄嗟の場合でもそのくらい機転が利かないようでは困るのだが。 「Shut uuuuup!!!黙れメガネ!」 「あ?えええっと、あなた、だれ?」 「こっちのセリフだ!ここは我々の部屋だ!」 「部屋、きれい?きれい、違う?維持?」 「掃除夫に見えるか!」 何とかカメラも設置出来たようだし、何より直接部屋の様子を 見ることが出来た。 後はどう無事に脱出するか、だが。 「ここ、私の会社の部屋、これ、私の鍵」 「この鍵は……真下の部屋だ。これで開いたのか? どうなってるんだこのホテルのセキュリティは」 「見たところ私の顔は知らないようだが……」 「こんな事があったら困るからわざわざ 会員制のビジネスホテルにしたのに」 「消しますか?死体の始末はマックスに」 「明日までに万が一見つかったらどうするんだ」 不味い。 一応、定時連絡しなかったら通報するようにロジャーに言ってあるが それまでに殺されてしまっては元も子もない。 「あの、すみません、違う?701」 「ああ。701じゃない」 「申し訳ありません! 今晩、フライト、出国。時間ない。行きます。ごめんなさい」 「……分かった。良い旅を」 「良いんですか?こいつら、」 「一応尾行しろ。本当に空港に行っても帰国先も突き止めろ」
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