Near 3
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「L……我慢がなりません」

「おや、もう音を上げたか?」

「そうではないですが……朝目覚めたら大量殺人鬼に
 抱かれて寝ていた私の身にもなって下さい」


夜神は、なんと昨夜はニアのベッドで寝ていたらしい。
とんでもない事を思いつく男だ。


「その割にはよく寝ていたようだ」


明け方、と言ってもたっぷり八時間睡眠を取った辺りで、
ニアが声も出せないと言った様子で寝室から這い出してきたのだ。

その後から悠々と出てきた夜神を見て、彼が本当にニアに
何かしたのかと思って腰を抜かしそうになった。


「昨夜は緊張していましたから。
 まさかその緊張の元凶に抱かれて眠る羽目になるとは思いませんでした」

「身になって下さいと言われても、私もその大量殺人鬼と
 長期間同じベッドで寝ていたのだが」

「……自分で設定した事と、私にされた不意打ちとは違います」


ニアに、いつか誰かの体温を感じながら眠ったり目覚めたりする日が
来るのだろうかと思っていたが、思いがけず早く来た。
しかもその相手が夜神だとは。

笑ってはいけないと思うが、傑作だ。
もしメロがいたなら、腹を抱えてのたうち回るだろう。


「彼は、何を考えているんでしょうね」

「さあ……私にも本当に、見当がつかない」


ニアは、自分が二重の意味でゲームに使われていることを知らない。
知っても「そうですか」で終わりだろうが、知らない方が何かとスリリングで
面白いだろう。
私が。


「いいですか?二度と昨夜のような事はしないで下さい。キラ」

「ニア……その呼び名はあんまりだろう。月でいいよ」

「あなたがそうであった夜神月という人物は、書類上この世に存在しません」

「じゃあ別にニアとかメロみたいな適当な名前でも良いし、
 アルファベットでもいい」

「……まあいいですが。『R』は如何ですか?」

「確かに日本語はRとLの区別がほとんどないけどね。
 僕は moon light のライト……だったらしいから、それを言うなら『L』だよ」

「却下です。正義を騙ったあなたには right が相応しいかと思ったのですが」


言い争いに近くとも、会話が続くという事はニアが昨日より
リラックスしている証拠だ。
実際ニアが、調査報告やそれに対する質問以外で
これほど長く話しているのも珍しい。


「月くん、『K』でいいんじゃないですか?」

「ストレートに『キラ』よりはマシだけど……ああ、
 おまえ(L)が追ったからKか?」


夜神は勘もいい。
ニアも、会話ストレスの少なさに口が軽くなっているのかも知れない。


「という事は……ニアは、Lよりメロに対して執着してたんだ」

「……」


勘が良すぎるのも考え物だが。


「私はそこまで考えて言ってませんよ」

「そうかな?」


メロは、表情豊かな少年だった。
幼い頃、自分は「M」だから、「N(ニア)」より「L」に近いとはしゃぎながら
言っていた事がある。
そんなメロを、ニアは不思議な物を見るような目で見ていた。

そして今、同じ目で夜神を見つめている。


「まあ、ニアが呼びやすければ『キラ』でも『K』でも何でもいいよ」

「ならば『キラ』で」

「……『N』は小振りな『L』だと思ったことがあるけれど、性格の悪さは
 『L』を越えてるよね」

「面と向かって性格が悪いなんて言われた事、……過去一回しかありません」

「僕と似たようなのが、他にもいたんだ」


夜神は、屈託なく笑った。
ニアは、目を伏せてまたジオラマをいじり始めた。




夜神がニアの世話を焼き始めて三日目、からかうのもやめて
実に甲斐甲斐しく仕えている。

ロジャーが食事やお茶を持ってくるのに掛かる時間も計算して、
ニアの集中が丁度切れた時に暖かい物を出せるようにしていた。
作業が長引いて休むタイミングを掴めないでいる時は、
無理矢理口を開けさせてブドウ糖の塊を放り込む。

私が頼んだ仕事もこなしながら、繊細に、しかし時には手荒く
ニアをサポートする様は、ワイミーを彷彿とさせた。


ただ、夜はニアが嫌がっているにも関わらず、一緒に寝ているようだが。
その事で言い争って、二人の間でちょっとした事件が起こった。


「本当に、困るんですけど」

「僕が男だから?それとも、有色人種だから?」

「そんな事は全く問題ではありません。
 私は元来、人に近くに寄られたり触れられるのが苦手なんです」

「ああ、僕が例え金髪の美女でも駄目って事?」

「言語道断ですね。あなたより無理です」

「じゃあいいじゃないか。
 眠れないと言われたら考えるけど、よく寝てたみたいだし」

「……」


助けを求めるような目で見られても、私は夜神のゲームに
手を出すつもりはない。


「ではこうしましょう。あなたが『キラ』だから」

「……」

「だから嫌だと言うのは、立派な理由になると思います」


空気が、瞬間的に変わった。
夜神が口を噤んだのを見て、ニアが意外そうな顔をする。

ニアは他人を傷つける事に対して敏感な人間ではない。
今までこれを言わなかったのは、単純に「触れられたくない」という気持ちが
本当に大きな部分を占めていたからだろう。

だが、今夜神の変化を見て、好奇心に囚われたのがありありと分かった。


「どうですか?『キラ』」

「……デスノートを持っていないキラは、ただの無力な凡人だ。
 恐るるに足りないよ」

「凡人は、デスノートを持っても何万人も殺したりしません」

「……そうだな」


夜神をわざと傷つけて、その表情の変化を観察している。
首を傾げて、蟻の行列を眺める子どものように無心な、真っ黒い瞳で。

過去に、このニアの悪癖である「観察」の犠牲になった者は多くはない。
対象になったという事はニアから見て観察に足る程の人物だという事だが、
この視線に曝された者は、大概彼から離れていった。
メロのように。

「悪意なく」「本当の事」を言って「観察」するだけ。
それが何故相手を傷つけ怒らせるのか、ニアには理解できない。


「どうしてそんな顔をするのですか?」

「変な顔をしているか?」

「ルーシーが泣く寸前の顔に似ています」

「……どうして僕が、ニアに負けたのか考えてただけだよ」

「というか、デスノートを使った時点で負けです」

「どういう意味だ?」

「あなたが主に消していたのは、『法で裁けない犯罪者』ですね」

「ああ」

「でも、最大の『法で裁けない犯罪者』は、キラでしたよね?」


容赦のない……。

だが潔癖性のニアが本当に、一番嫌うのはこういった「矛盾」だ。
キラ自身が自分を犯罪者だと考えていなかった所が、
あの事件で一番許せなかった点だろう。

夜神は、自分を新世界の神、創世者と位置づけていた。
実際、もう少しでそうなっていた。

……一人を殺せば犯罪者だが、百万人を殺せば英雄……

だが神になどなろうとせず、ただの英雄で良かったのだ。
無差別殺人者に甘んじれば、世界に君臨も出来ただろうに。


「……」

「結局あなたは自分で自分の尾を食うウロボロスだったのです。
 遅かれ早かれ破滅していた」

「そう、だな」

「そんなあなたを、私も法を無視して裁いた、つまり」


ニアはそこで言葉を飲み込み、指先で前髪を弄び始めた。
続きを言おうか言うまいか、迷っている。
いやむしろ、自分が言おうとしている内容に驚いている。


「……『Birds of a feather』です。あなたと、私は。
 日本風に言うなら raccoons ですか」


少しの間呆気にとられていた夜神が、やがてニアの隣に膝を突いて
パジャマの体を柔らかく抱いた。
抱かれたアライグマは、口を半分開いたまま固まっている。
その耳元で、もう一頭のアライグマが囁く。


「Raccoon dogs in a tunnel 、かな」


ニアが動けないのは、夜神に抱かれたからではない。
無茶な論法で相手をフォローをした事に、自分で混乱しているのだろう。

夜神が犯した罪と、ニアが施した超法規的措置は全く違う。
それを曲げて敢えて「同じ穴の狢」と表現したのは、
恐らく夜神の心が遠ざかる気配を恐れたからだ。

その理由が自分でも分からない。
今初めてニアは、自分自身を観察しているのかも知れない。






「raccoon」はアライグマ、「raccoon dog」はタヌキ。
 タヌキに馴染みのないニアはどちらでも良いと思っているのですが
 Lや月は二者の違いを知っているので微笑ましく思っている、みたいな感じです。
 自分で解説してしまった。



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