Nervous breakdown 2
Nervous breakdown 2








「良く撮れてるね。松田さん、なかなかやるな」


届けられた写真は、粒子は粗いがはっきり個人を特定できるものだった。

黒いウィッグを被っているのか染めているのか分からないが、
「金髪」……こうなると単なる通称だが、彼の顔はよく分かる。

完全に、左右対称の面だった。
整っていると言えば聞こえは良いが、鼻筋の真ん中に鏡を置いたようで
どことなく気色が悪い。

私は人間は完璧である必要はないと思っている。
だからLにしろ私にしろ、日常生活を他人の常識に縛られたりしない。

命のない物は、完璧であればある程美しいが、
命ある者は、完璧すぎては気持ち悪いばかりで、
それは容姿に於いても同じことだ。

感情論に過ぎない事は分かっているが、「金髪」の顔はどこか私に
不安感と不快感を与えるものだった。


「それに、」


私が金髪の顔から目をそらすと、夜神はもう一枚の写真を取り上げた。


「ありがとう。ニア」

「……」


そこには、港倉庫を背景に、男ばかりが数人写っている。
仏頂面もいれば、カメラ目線でピースサインを出している者もいる。
記念写真と言うにはまとまりがないが、それぞれの近況は良く分かった。

……礼を言われるような事を、私は何もしなかった。
マツダが、勝手に「記念写真!」とか言ってアイザワとイデとモギ、ヤマモト、
それに私とSP二人を並ばせ、自分も入ってSPの一人にシャッターを押させたのだ。

私は一応「L」の面を被ったが……デスノートだと言っているのに、
信じられない軽率さだ。
だが私がそれを止めなかった事に、礼を言われているのかも知れない、と
今更気がつく。


「変わらないな……全く」


夜神は、かつての同僚の写真に興味がない振りを全くしなかった。
かと言って食い入るように見つめるわけでもないが、写真を手にとって、
ただ静かに眺めている。

その裏に、死んでしまった夜神局長や、家族を見ているのかも知れない。
逆に、そんな月並みな事は思わないのかも知れないが、
家族を持たない私には彼の心情を推察する事は出来なかった。


「その写真を貸して下さい」


その時、黙っていたLが口を開いた。


「ああ、ごめん。僕ばかり見て」

「別に見たい訳ではありません。破棄します」

「え……どうしてだ?」

「分からないのですか?今後展開によっては、また彼らの写真を
 全て破棄して貰わなければならない事になります。
 そんな時、こちらの手にそんなものがあっては不味いでしょう」

「そういう展開になってからでいいだろ?
 どうせ偽の警察手帳にも顔写真は貼ってあるんだし」

「何事も出来る時に出来ることをしておかねば」

「……どうしたんだ?おかしいぞ?L」


確かに私も、少し違和感を感じていた。
基本的にLは、他人の事に口出ししない。
夜神に渡した集合写真は、夜神には意味があるだろうが、
Lに不利益をもたらす物ではない。

私にも、夜神の言う通りいつでも破棄できる状態にしておけば、
今処分する必要はないのではないかと思えた。


「……気に入りません」

「何が」

「あなたは、過去を捨てて私の影として生きていく道を選んだのでしょう?」

「……」

「過去を懐かしむ暇があるなら、我々との未来の事を考えて下さい」


ちょっと……。
いきなり聞いていて恥ずかしくなるような事を言わないで欲しい。
だがLの表情を見る限り、全く頓着していないようだった。
もしかして気づいていないのだろうか。


「それが出来ないのなら、何なら今からだって、モロッコのVIPルームに
 戻って貰っていいんですよ?」


いや、あの地下牢はあなたが埋めろと言ったから埋めさせましたよ。
大体、あの環境は酷過ぎたと、耳を塞ぐ私にしつこく描写して聞かせたじゃないですか。
そこへ戻すなんて、思ってもいない見え透いた脅し方をするとは。

だが夜神は、怯えるどころか不敵に笑った。


「Lともあろう者が、写真一枚で大した狼狽えようだな」

「何と言っても構いませんが。自分の立場は忘れないで下さい」

「理屈では、僕を言い負かせないと思ったか?」

「おや。理屈を言っていいんですか?言いましょうか?」

「ああ。いいよ。言えよ!」


二人の間の空気が険悪になる。
双方声が、気づかない程少しだけ、大きくなっている。

……本当に、勘弁して欲しい。
これが世界を震撼させた二つの頭脳の言い争いか。
世界の切り札と、大量殺人鬼キラの会話か。


「この新メンバーの山本という人なんですけどね」

「……っ」


夜神の顔色が、明らかに変わる。
それを見てLは、唇をゆがめた。


「私が調べない筈がないでしょう?一緒に仕事をする者の経歴を。
 彼は警察庁に入る前は京杜大学、一浪して大学に入る前は
 私立大国高校、中学からの持ち上がりです」

「……」

「中学校ではテニス部、高校では二年生三年生と特進クラス。
 あなたには及びませんが、なかなかにエリートですね」

「……もう良い」

「偶然にも、あなたも大国中学テニス部、大国高校の特進クラスですよね?」

「もう良いって言っただろ。やめろよ!」


Lは、私にも知らせずにそんな事を調べていたのか。
しかし何故今まで夜神に言わなかったのだろう?

もしかして、こう言う展開になる事が分かっていて、
夜神が自分からヤマモトの事を言うかどうか、試したのだろうか。


「山本という名前を聞いた時は、本当に何も思わなかったんだ。
 それほど日本には多い名前だからね」

「なら何故、写真を見ても何も言わなかったのですか?」

「別に、言う必要もないと思ったし」

「こっそり連絡を取って動くつもりだったのでは?」

「そんな事する訳がないだろう!あいつも僕が死んだ事は知っている筈だ」

「へえ、『あいつ』ですか。今でも親しげなんですね」

「おまえも陰険だな!少しは僕を信じろよ」

「それが出来れば苦労はしませんけどね」


二人は口を閉じて見詰め合った。
一気に空気の密度が濃くなり、膨張する。
夜神が、ゆっくりと手を伸ばしてサイドボードに写真を置く。

こういう時は、突然殴り合いを始めるのだ。
しかもお互いガードせず、思い切り殴らせて殴り返したり蹴り返したりするので
見ている方がハラハラする。

夜神はともかく、Lまでが。
本当に毎度毎度、低レベルな喧嘩は、もううんざりだ。
思い切り、息を吸い込む。


「……」

「……」


「二人とも!」


普段は声が小さいと言われる私が、あらん限りの力を振り絞って怒鳴った。
ほとんど吼えていた。

Lも夜神も、拳を振り上げる直前で、固まっている。

恐らく今までの人生でなかった程大声を出した事に、自分自身も驚いたが
Lと夜神も目を見開いていた。


「どうせ同じだけ殴り合うんですから子どもみたいな真似はやめて下さい」

「……」

「……」


止まったままの二人に、私にしては早足で近づいて間に割って入り
夜神がサイドボードに置いた写真を取り上げる。


「これは、私が預かっておきます。良いですね?L」

「いや……」

「ヤマモトが、夜神と知り合いだと知っていて言わなかったのは
 あなたにしては陰険だと私も思います」

「……」

「夜神も、秘密主義はいい加減やめて下さい。
 あなたが本当にヤマモトと連絡を取るとは思いませんが、
 後ろ暗い事がないのならその場で気づいた事を言って下さい!」

「いや、山本と知り合いだと分かったら、いらぬ腹を探られると……」

「それで余計に事態が悪化してるんじゃないですか!
 普段のあなたなら、その位予想して冷静な判断が出来るでしょう?
 Lに対して、変に身構えないで下さい。あなたがLを信じて、委ねて下さい」

「……」


私が話し終わっても、二人は黙ったまま顔を見合わせた。
やがてどちらからともなく、ニヤッと笑う。


「……ニアに、説教されてしまった」


夜神が言うと、Lも吹き出すように破顔した。
取り合えず喧嘩は収まったが、何だか面白くない雰囲気になっている。


「何がおかしいんですか」

「いや、ニアも大人になったと思って」

「あなたに私の何が分かるんですか」

「少なくとも、こうやって喧嘩の仲裁をしたり、人の面倒を見るような子じゃなかったよ」

「……」


黙り込んだ私を見て、二人は何故か楽しげに顔を見合わせ、
そしてLはソファに座り、夜神はお茶を入れに行った。

なんなんだ……。
さっきの喧嘩が、まるでなかったかのように。
怒鳴った私の方が、バカみたいじゃないか。

こういうのを日本のことわざで何と言うのだったか、と考えながら、
私は不機嫌に座り込んだ。






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