月百姿 15 「さて。さっき答えを聞きそびれたんですが、どうでした?男との初セックスは。 それが本当だとしたら、挿れるのと挿られれるのとほぼ同時にというのは中々濃厚かと思いますが」 「……」 夜神は、シャワーを浴びてベッドに戻ってからも無言だった。 「『最悪だ、おまえ』」 「……」 「とか罵らないんですか?」 夜神は横目で私を睨みながら、ぱたん、と横たわった。 「言いたい所だが、先に言われてはね」 「それは申し訳」 「嘘だよ。そんなに、ガキじゃない。 ……その、まだ整理がつかないだけで」 眉を顰めたままだが、目を伏せて言葉を濁す。 私は予想外の反応に、困惑した。 本当に感想が知りたかった訳では無いのに。 ただ、きっと怒鳴るか殴るか、昔通りの姿を見せてくれるかと思っただけだった。 「……人の肌に触れたのも触れられたのも久しぶりだった」 「そうですか。まあ、私があなたに求めるのは入れる方ですしね。 となると、女性と変わりませんよね?」 「変わらなくは、無いけれど……」 夜神は本当に困ったように寝転がったまま口元に手を当てた。 そのポーズは、十年前と同じく綺麗に決まっていて思わず見惚れた。 「僕はゲイじゃない。男と肉体関係を持つ事は、きっと無いと思ってた」 「まあ、大多数の男性はそうです」 「……でも、実際しても……自分にさほど変化が無かったのが意外だな。 考える暇も無くされてしまったというのもあるだろうけれど」 「そこは狙い通りです。凄く気持ち良さそうでしたしね」 夜神の顔が憤怒に歪んだので、今度こそ殴ってくるかと軽く身構えたが。 彼はすぐに眉を開いて小さく溜め息を吐いた。 「……まあ、否定はしないよ。射精してしまったし」 「頭、良いんですね」 「……おまえはどうだった?」 「はい?」 「さっき、十年越しの何とかって言ってただろ。 実際僕を好きにしてみて、どうだった?」 「どう、と言われても」 「その。……想像通りだったとか。幻滅したとか」 何気なく言いながらも、こちらの目を見ない微かに不安気な様子。 私としたくなかった癖に、私が自分の身体に満足しなければ不足だとでも言うのか? 思わず笑いそうになってしまう。 「何」 「いえ……想像通り、いや想像以上でした」 「……」 「私は嘘吐きですが、これは本当ですよ。 十年も待たず、もっと早くあなたを手に入れてしまえば良かった」 「僕の方は、永遠におまえの物になるつもりなんか無かったんだけど」 私は身体を起こして、至近距離で夜神の目を覗き込んだ。 「何だ?」 「不思議ですね。ずっと私に会いたかった筈なのに、その言葉は矛盾します」 「は?何故僕がおまえに会いたかったなんて事になる?」 ははは。気丈に真っ直ぐに見つめ返して来るが。 動揺が透けて見える。 「根拠は、あなたがキラとして自首しながら頑なにキラ事件について語らなかった事です」 「……」 「結局未だに公的にはあなたはキラとは認められて居ません。 それは何故ですか?」 「……」 「私にしか語りたくなかったからですよね?」 夜神は、遂に目を逸らした。 そう。 はっきりと自白した夜神が、デスノートを使うようになった経緯や死神の事を頑なに語らなかった理由。 それを何度も考えたが、彼の気性からして私に対するパフォーマンスとしか考えられない。 「キラ事件の詳細を、黙秘し続ければいつか私が会いに来ると踏んでたんじゃないですか? 実際ほいほい着いて来ましたし」 「……そんな、事は」 「無いんですか?他に理由があると?」 「……収容期間が」 「短くしたいのなら今まで出所の機会を振って来た説明が付きませんよね? 折角褒めたんですから頭の悪そうな言い逃れは止めて下さい」 「……」 夜神は歯を食いしばったまま。長く息を吐く。 私は思わずほくそ笑んでしまった。 まあ、確信してはいたが、私の推測はやはり完全に正しかった訳だ。 「分からないのは、そこまでして私に会いたかったのに、何故来なかったか、です。 私と肉体関係を持ちたくなかった?下らない言い訳ですね」 「……」 「あなたはいつでも私の元に来る事が出来た。その条件は整っていた。 ワタリから聞いてますよね?」 「ああ……」 「では、何故?」 夜神は途方に暮れたように、ぼんやりと私の顔を見つめていた。 「……僕の方は、おまえが何故それが分からないかが分からない。 おまえは、誰とでも寝る事が出来るのか」 「まあ、物理的生理的に無理な場合と病気を持っている相手でなければ」 「……」 「ああ、でも『寝たい』相手は違いますよ」 「……」 「セックスは上手ければ上手い程良いですし、身体の相性も良い方が良いに決まってます。 その点あなたは」 彼は少し口を開いて何か言いたげにしたが、結局ただ「感覚の違いだな」と呟いただけだった。 「……」 アイバーが夜神を落としたあの夜から十年。 今は当時よりもずっと、相手の嘘を見抜くのが上手くなっている自覚がある。 その私を以てしても、夜神が嘘を吐いているようには見えなかった。 本当に、「私と死んでもシたくなかった」……のか? 「ええと。違っていたら言って下さい。 それは世に言う、プラトニック・ラブという物ですか?」 「違う!全然!」 「では何なんですか。あなたの目的は、私に再び会うことだった。 でも会って関係する事になるのは、嫌だった……そういう特殊な性癖ですか?」 「……何だよそれ!」 「しかし」 夜神はその話は終わりと言わんばかりに、寝転がったまま大きく手を振った。 「あと一つだけ聞かせて下さい。 私に会うための布石を置きながら、私と寝るつもりは無かった。 どう折り合いを付けるつもりだったんですか?その辺」 夜神は唇を噛んでまた私を睨んでいたが、やがて重い口を開いた。 「……自分の……容色が衰えるのを、待っていた」 「……は?」 思わず夜神の顔を見直す。 日にあまり当たらない作業を担当していたのだろう、色も白く皺も無く、外の世界の同世代と比べても若く見える程だ。 東洋人だからというだけではない。決して。 「おまえの言う通り、僕はいつかおまえと会いたかった。 でもそれは、生涯唯一好敵手だと感じた相手だからだ。 おまえとは目的が違う」 「ええと……」 十年間、ただ自分が年を取るのを待っていた? つまり……彼の人生の目的は、セックス抜きで私と再会する事だけだった? 「でもおまえがゲイだと分かっていたから……。 僕自身が年を取って、そういう対象では無くなるのを、待っていたんだ」 「……」 それで。 「それで、十年も待ったんですか?」 「ああ。何十年でも待つつもりだった。 今日だって……おまえがもう、年を取った僕に手を出さない事に期待してたし」 「年って、全然射程範囲内ですけど」 「みたいだな。それで……絶望した」 夜神は言葉とは裏腹に、くすりと十代の頃のような笑顔を見せた。 今日私が会いに行かなければ。 今出所するか、一生私と会わないかどちらか選べと迫らなければ。 夜神は永遠に刑務所の中で待ち続けたのだろうか。 私と、肉体関係無く対峙できる日を。 かつての好敵手として、キラ事件を語り合える日を。 ……そこまでする理由が分からない。 私には、理解出来ない。 最悪、目を瞑ってやり過ごせば済むような事の為に、人生を浪費出来る心境が。 私が人生の初期にあっさり失った物を、守り続けていた彼が。 私が息をするようにしていた事を、人生を賭けて忌避しようとした事が。 私は、夜神がキラであった頃も含めて、初めて彼を恐ろしいと思った。 「私は気が短いので」 「そう。その割りに十年も僕を覚えていてくれた事に感謝するよ」 「私は、あなたも十年間私を思い続けてくれていた事に少し感動していますよ」 「!……だから。おまえとは意味が違うって言っただろ」 「それでも、です」 夜神の顔の側に手を突いて、その顔を見つめる。 そう言えば、私はキスという物を自分からした事が無いかも知れない。 戸惑いながら少しづつ距離を詰めると、夜神も迷うような表情をしていたが、やがて目を閉じた。 私はその機を逃さず素早く髪を掴み、逃げられないようにして口を押し付けた。
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