月百姿 16 「私は気が短いので一旦あなたが欲しいと思ったら我慢出来ませんでした」 「ああ……そう。何故急にそんな事思い立ったんだ」 「月百姿、覚えてます?」 「勿論。あれ、本当に買ったのか?」 まるで昨日の事のように話を続けるのが、彼らしいと思う。 まるで、彼がキラとして刑に服していたこの十年が無かったかのようだ。 友人など、私の人生に不要なのだが。 それがこんな感じなのだとしたら。 悪くない。 「はい。あれを見てたら堪らなくなって。 あ、自宅に置いてありますので、見に来ます?」 「え……」 「秘密保全の為よく転居するのですが、今はロンドン郊外の良い所ですよ」 夜神は一瞬笑いかけたがすぐに目を伏せた。 「……いや、止めておくよ」 「何故です?」 「僕は……キラだ。探偵の自宅に招かれるような人間じゃ無い」 「でももうデスノート持ってませんよね?」 「……それでも行けない」 「何故です?」 何故、私はこんなに必死なのだろう。 夜神と肉体関係を結ぶ時以上に。 自分で笑える程だ。 「……おまえに縛られるのは、やはり嫌だ。 自宅にまで連れて行かれたら、本格的に囲われる気がする」 ああ……おまえは、そんな所は変わらないんだな。 毅然と顎を上げた表情は、とても美しいけれど、少し寂しくも感じる。 ……? 寂しい……だと? 私が? そんな感情は。 許される物ではない。世界の切り札、「L」には。 ……『ああ。何十年でも待つつもりだった』……。 不味い。 彼は、私とはあまりにも違う人物だ。 私が他に出会った事のない、私の人生を狂わせる可能性を秘めた人間だ。 「分かりました」 私は、自分の脆さを直視する前に自分で区切りを付けた。 私は事件を解決する機械。 それ以上でもそれ以下でもない。 そう自分を規定して生きてきたし、それで上手くやって来た。 「あなたを英国に連れて行くのは諦めます」 だから一人の人間に執着して、良い事など何もない。 彼も、私に執着し過ぎている。 私と「浅く適当に」付き合う事など出来る筈もない。 そうでなくとも、夜神を縛るという事は、私自身も縛られるという事だ。 猫一匹飼っても、棄てる事が出来ない閉塞感を覚えたではないか。 「とは言え、あなたを自由にする訳にも行かないので、このビルに留まって下さい」 「ああ」 彼はキラ事件の情報源、そして偶に寝る遊び相手。 それで十分だと思う。 「監視はアイバーにして貰います」 その言葉を聞いた瞬間、夜神が突然がたん、と立ち上がった。 「?」 「アイ、……」 よく見ると青ざめ、唇がわなわなと震えている。 「どうしました?」 「……」 あの傲岸な夜神が、ここまで怯えた様子を見せたのは、あの時以来だ。 十年前。 アイバーと、二人きりになった夜。 「どうしました?月くん」 「……」 「……あの時。アイバーと、何を話したのですか?何を……されたんですか?」 「何も!……何も」 あの夜神が、冷静さを失っている……。 たった一人の男の名で。 私はニヤリと笑った。 つい今し方夜神を諦めたつもりだったが、どうやら神はとことん私を誘惑するつもりらしい。 ならば敢えてその手を撥ねのける事もないだろう。 ゆっくりと立ち上がり、そっと夜神の耳に唇を寄せる。 「そう言えば、私、自宅で既に『Light』を飼ってるんでした」 「え?」 「と言っても世話は殆どワタリがしてくれるんですが。 耳が立ってて目が大きくて、可愛いんですよ」 「え……ああ……ペットの、名前?猫?」 「凄く、可愛いんです……そのLight」 耳に舌を入れんばかりに息を吹き込むと、夜神は小さく身をくねらせた。 「会いたくないです?『Another Light』に」 「……」 さあ、どうする夜神。 先程とは条件が変わっただろう? アイバーと二人、このビルに残るのと、私と共に来るのと。 どちらを選ぶ? 「ああ……会いたい」 勝った……。最後の最後で。 私は、この小さな賭けに勝った事に満足して、夜神の頬に唇を付けた。 「分かりました。では、アイバーにはもう暫く日本で留守番をしておいて貰いましょう」 夜神も安堵したように肩の力を抜く。 「……でも、本当に良いのか。探偵の自宅に犯罪者を入れて」 「遠慮は要りませんよ。何故なら、」 何故なら。 「月くんは、私の初めての友達ですから」 「……」 夜神は、十年前私が同じ台詞を言った時と同じようにぽかんと口を開けた。 --了-- ※十万打を踏んで下さいました、クロさんに捧げます! リクエスト内容は以下です。 見たい要素を羅列させていただきます。 L視点 キラと出会いの10年前のL Lが他人と絡むこと Lが自分を疑うや悩むこと 浮世絵 デスノート 月が自傷すること 月が他人と絡むこと キラと出会いの10年後のL(Lは34歳の時は生きてる) 以上の要素を含んで月とLの絡みを見たいです。L月か月Lか、リバとか構わない。 月も死んでないとよかったが、死でもOKです。 というリクエストをさせていただけませんか? おおー、面白そう!特に浮世絵とLや月との出会いは興味深いですよね−。 って私だけでしょうか。 個人的趣味に走って何の絵にするか楽しく考えました。 で、タイトルを決めてから、せっかく百姿なので、月の色々な姿態をL視点で描写する設定にしたんですが……分かり難いですよね〜。 折角二十年に渡る大河的な主題を頂いたのに、あまり統一感のない地味な会話の羅列になってしまった。 月が他人(アイバー)とどう絡んだのか、曖昧にしてしまいましたが、かなり精神にクる感じでギタギタにされたんじゃないでしょうか。 分かりませんけど。 そう言えば、単なる詐欺師のアイバーを、話の都合上凄い万能な感じにしてしまいました。 本当はこんな怖い人じゃないと思うし、東洋人に化けたり公務員枠に入り込むのも無理があると思います。 いいの。我が心のアイバーなのだから。 クロさん、記念すべき十万打に趣味なリクありがとうございました!
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