月百姿 9 その晩は眠れないだろうと思っていたが、少しうとうとした。 しかしやはり、早朝に目が覚める。 寝ても覚めても、夜神の……いや、キラの事ばかり考えていた。 夜神が、自白した……。 夢だったのではないかと一瞬思ってしまうが、夢と現実の区別くらいつく。 キラ事件の真相が、知りたい。 しかし彼が一度ああ言ったのだから、再度声を掛けてもきっと私の尋問には答えないだろう。 それでも気になって、未だ薄暗い中ベッドの上に身を起こす。 廊下に出ると、昨夜と変わらず規則正しく並んだ常夜灯が廊下の隅から点々と足下を照らしていた。 静かだ。 これ程大きな建物に、数人しか居ないのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、やはり昼間より静まり返っているように感じられる。 ぺたぺたと、硬い絨毯を踏んで夜神の部屋へ赴く。 ドアは施錠されていなかった。 昨日のままにまだ寝ているかと思ったが、ベッドは空になっている。 几帳面に、チェックインしたてのホテルのようにベッドメイキングがしてあった。 夜神は、と探すまでもなく、浴室からざあざあと音がしている。 早朝の静寂を破る、水の音。 ……最後の、シャワーか。 少しだけ待つ。 つもりだったが、何故か胸が妙にざわついた。 三ヶ月共に暮らした仲だ、遠慮する事もあるまい。 と自分に言い聞かせながら浴室に向かい、出来るだけ何気なく扉を開ける。 その瞬間目に入ってきたのは、 「夜神くん!」 赤。 浴槽を染める、真っ赤な色彩だった。 タイルも壁も天井も白いので、その赤がやけに映える。 まるで赤を効果的に使った絵画のようだ、などとぼんやりと思った。 夜神は昨日の服装のまま浴槽の縁に凭れ、ざあざあと降り注ぐシャワーの雨を、着衣のまま浴び続けている。 前髪と片手が水に浸かり、赤を吸い取っているように見えた。 こんな時にも私は、自分が濡れることを厭って一瞬躊躇した。 すぐに気を取り直して飛び込み、シャワーを止める。 瞬間、静寂が訪れた浴室内。 「月くん!」 濡れた夜神を抱き起こす。 仰向かせると水に浸かっていた手首から鮮血が糸を引くようだ。 その身体は氷のように冷たく、その唇は紫に褪色している。 こんな色を、私は良く知っている……。 夜神が、最後の最後まで死に抗い、自分の信念を貫くタイプだと。 そう思い込んでいたのは間違いだったと。 昨日、気付いたばかりだったと言うのに。 目を離した事が、悔やまれる。 ……私は。 キラ事件に、本当に心血を注いでいたのだ。 生まれて初めて。 生きている、気がした。 セックスをしている時よりも。 そしてこの身体に欲情もした。 抱かれてみたいと思った。 好みだというだけではなく……きっと彼が、キラだったからだ……。 私はもう動かない彼の顔を見下ろしながら、何故か笑っていた。 生涯、彼にしか見せないであろう笑顔は、きっと恐ろしく醜怪だった事と思う。 夜が明けてから捜査員が、書き物机の上に、便箋に丁寧に書かれた遺書……自白書を、見つけた。
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