月百姿 7 「……冗談だよ。私があなたを欲しくて堪らない事は分かって居るくせに」 「この十年でどう成長したか見せて下さい」 「あなたもね」 出来るだけマットを揺らさないように、ゆっくりとシャツを脱いだが。 夜神が小さく眉を顰めて心拍数が上がる。 こんなに興奮する行為は初めてだ。 今まで色んな繋がり方をして来たし、その中には下手をしたら命を落としかねない行為もあったが。 その時よりも、今夜神のすぐ隣で抱かれる事の方に、ぞくぞくする。 「ううっ……んっ……」 普段は殆ど声を出さない方だが、今は敷布を噛んでいないと喚いてしまいそうだ。 上を向いた夜神の顔。 長い睫、規則正しい呼吸。 「欲しい?L」 どうにかなってしまいそうだ。 今すぐこの目の前の、澄ました寝顔に滅茶苦茶に口づけたい。 そんな事をすればどうしようもなく身の破滅だというのに。 「そんな事、言いませんよ……」 「どうしてもあなたの口から、聞きたいんだ。 どうか、言って欲しい。一言、『欲しい』と。『入れて』と」 「言いません。絶対に」 「L」 「そんな台詞を口にする位なら、今すぐこの男を叩き起こして何もかもぶち壊します」 囁きながら夜神の顔に触れる振りをすると、力強い手が手首を掴む。 私がそのまま音を殺してベッドから降り、今まで寝ていた所に手を突くと意図を察してアイバーも降りた。 そこからは無言で後ろから突かれる。 尻の穴を広げられ、内蔵に他人が入り込んで来るのを感じながら、私は顔をこちらに向けた夜神を凝視しつづけた。 その睫が上がって、目を見開く場面を想像しただけで息が上がる。 「久しぶりの感触は、どう?」 「……悪く、ないですね……」 「ライトに抱かれる所を、想像してる?」 「……そう、かも知れません」 気を悪くするかと思ったが、アイバーは特に反応せず、ゆっくりと腰を動かし始める。 浅く深く、記憶よりもエロティックな動きに私は小さく仰け反った。 「ああ……あなたの中、練れているね」 「そう、ですか……」 「沢山のペニスを咥えて来たんだね、中が具合の良い締め付け方を覚えてる。 随意筋とか不随意筋とか、そういうのは分からないけれど」 「不随意筋、ですよ、中は」 私の知り得ない所で、私の一部が男を愛撫する。 絡みつき、搾り取ろうとする。 その事は不快では無かったが、ただただ奇妙な発見だった。 「過去の自分と比較されたのは、初めてです」 「十年前の、まだまだ未成熟なセックスも良かったけれど。 今のあなたは、本当に……堪らない」 アイバーの動きが早まり、私は打ち付けられる腰の衝撃を吸収して出来るだけ寝台を揺らさないように心掛けた。 夜神が実は起きていたら笑止だな。 アイバーの呼吸が速くなり、首筋に息が掛かる。 この分なら一緒に、 「凄く……凄く、興奮するよ……L=Lawliet.」 「え?」 耳元で囁かれ、考える前にびくん、と射精してしまった。 アイバーは少し驚いたようだったが、がくがくと揺れる私の上で動き続け、自分も射精したらしい。 ずるりと抜けていった瞬間、私は振り向いてその顔を殴りつけた。 「!……った!暴力、反対です」 「あなたは……!」 キラの前で、巫山戯るにも程がある。 ここまで馬鹿だったのかこの男は。 もし、私が死んだらこの事件はどうなると思っているんだ……。 弥は目だけで殺せるんだ、おまえだって生きてはいられないと言うのに。 今まで曖昧にして来たが、こうなったからにはっきり言った方が良いだろう。 「アイバー。これから言う事を心して聞いて下さい」 「痛たた……交わった直後だと言うのに、色気の欠片もありませんね」 ティッシュの箱を渡され、仕方なく何枚か取って自分の物を拭う。 アイバーは立ち上がって浴室に向かおうとした様だが、きつく睨むと立ち止まった。 「こちらへ」 夜神がもし起きていて聞かれては不味いので側近くに呼んだだけだが、アイバーはニヤニヤと笑いながら私の隣に腰を下ろす。 肩を抱かれそうになったのを軽く払い、私は口を開いた。 「あなたがさっき言った名は、私の本名です」 「本当に?」 「はい。内緒ですよ」 「それは、勿論……しかし、驚きました」 「何がですか」 「私如きに、Lの重大な秘密を打ち明けてくれるだなんて」 「あなただって本名である可能性が高いと思ったから、小声で言ったのでしょう?」 「それはそうなんですが。まあ、あの大きさなら聞こえてませんよ。 第一ぐっすり寝ていますし」 私は思わず天を仰いで大きく溜め息を吐いた。 「何ですか?」 「夜神は、キラです」 「?という事になってますね?」 「夜神は、寝ていない」 「はい?」 「そして、聴覚が人並み外れて優れている」 「?」 「という、たった三つの条件が揃っただけで、あなたも私も身の破滅です」 「……」 アイバーは目を見開いた後、怯えたような演技をしながら眠っている夜神を見つめたが、勿論そこからは規則正しい小さな寝息以外何も聞こえてこない。 「……脅さないで下さい」 「脅しではありません。この世はキラに支配されてしまいますよ。 それでもいつかは私の後継者がキラを捕らえるでしょうが、事件は長引くでしょう」 静かに言うとアイバーは悲痛に眉を寄せて(見せて)「浅慮でした」と小さく謝った。 「その代わり、お詫びと言っては何ですが」 舌の根も乾かぬうちに片目を瞑って見せる。 「ライトがキラだと私が納得したら、全力で証拠を掴みますよ」 「今は納得していないのですね?」 「そうなります。詐欺師の勘に過ぎませんが、彼はキラではない」 「なるほど」 「しかしあなたはキラ扱いしている。……という事は、彼の記憶が失われている、としか考えられませんね」 「……」 やはり、頭は悪くないな……。 あまり深く関わってはいけない質の人間だ。 自分なら世界的な詐欺師でも御せる自信があったが、それはPC画面越しの話で。 こうして直接会い、肌まで合わせての駆け引きは、私は不慣れだ。 「まあそんな事より今は、ヨツバキラを挙げる事に専念しましょう」 「そうですね」 「後、二度と夜這いは掛けてこないで下さい。 これは雇用主としての命令です」 アイバーが苦笑して肩を竦め、空気が緩む。 私は手錠の鍵を取り出し、自分の輪を寝台の足に繋いだ。 そのままアイバーと一緒に浴室に行き、身体を洗いがてらもう一度行為をしたが、それ以降一度もそういう誘いをして来なかったのは感心だった。
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