月百姿 6 いずれにしても私は、当分窮地だな……。 しかしそれとは関係無く。 アイバーの登場で、また身体が疼いてしまう。 寝室に戻ってシャワーを浴びると勃起していた。 夜神に気付かれなかったのは幸いだが。 「夜神くん」 「何?」 「……いえ」 どうです?溜まってませんか? 私とセックスしてみませんか? あなたは男性は無理だと言っていましたが。 中々良い物ですよ? 実際にそんな事を口にする程愚かではないつもりだが。 情動とは、やっかいな物だ。 「用が無いならもう寝るよ。今日は何だかやたら眠い」 珍しいな。 いつもは私に張り合うように、夜半過ぎまでモバイルPCで調べ物をしているのに。 夜神は歯磨きをすると倒れ込むようにベッドに横たわってしまった。 椅子に座ったまま指を噛みながら夜神の寝顔を見つめていると、背後で微かな音がする。 「……」 誰かがこの部屋をピッキングしている……。 この建物は、建物への出入り検査は厳重だが、その代わりそれぞれの部屋は標準的な集合住宅程度の鍵しか付いていない。 ウエディなら赤子の手を捻るより簡単だろうし、アイバーでも開けられるだろう。 背を向けたまま待っていると、入って来たのは男性の靴音だった。 「何故呼び鈴を鳴らさないのですか。アイバー」 振り向かずに問うと、クスクスと低い笑い声が聞こえる。 「ライトが起きるといけないと思いましてね」 果たしてそれはアイバーの声だった。 いきなり名前を呼ばれても慌てもしない。 夜神が寝ている事を知っていた、という事は……。 「なるほど。あなたが彼に睡眠薬を盛ったのですか」 「盛ったとは人聞きの悪い。疲れているようだったので少し強制的に眠らせてあげただけですよ」 「それで、私に何の用ですか?」 無駄な駆け引きに付き合わず、直截的に訊くと背後からふわりと暖かい空気に包まれた。 一瞬遅れて、逞しい腕が私を抱く。 懐かしい香りがした。 「……この東洋的な香水は、中東の王子にこそ似合っていました。 今のあなたには合いませんよ」 「ふふふ。王子という設定ではなかったのですが。 覚えていてくれたのですね。嬉しいですよ」 そう言って無遠慮に私の項に口を付ける。 普段なら邪険に払いのける所だが、初めての相手ではない事もあり、彼の身体を蕩かすようなセックスが忘れられないという事もあり、私はそのままにさせた。 「まさかあの風変わりな少年が、実は世界の切り札、Lだっただなんて」 「人は見かけに依りませんね」 アイバーは小さく噴き出しつつも、その指で私の髪を柔らかく掬う。 「大きくなりましたね……」 「当然です。当時は十四の子供でしたから。 今に比べれば首も手足も細かったでしょう」 「物の言い方は全く変わりませんね……。 というか今も細いですが。ちゃんと食べてるのかな?」 「そういう事を心配される仲ではないと思いますが」 十年も前。たった数度の逢瀬。 ワタリの制止が無ければsteadyに近い関係になっていたかも知れない程、身体の相性は良かったが。 「聞けば、キラ事件に関わって以来殆ど不眠不休だったとか」 「それは嘘です。さすがに寝てますよ」 「ライトと手錠で繋がれて漸く休むようになったと、他の捜査員の人が言っていた」 「それも嘘ですね。キラの隣で心底休む事なんか出来るはずがありません」 「あなたは本当に……あの頃のままだ」 アイバーの唇が私の首筋に何度か触れた後、前に回って喉仏を軽く食む。 不快に眉を顰めると、ぐらりと揺れる視界。 いつの間にか、身体が持ち上げられていた。 「アイバー……」 唇が触れられていた部分に気を取られていた間に、膝裏に手を入れていたらしい。 器用な男だ。 体重を預けて黙っていると、ベッドの、夜神の隣にそっと下ろされた。 「私はまだ寝ませんよ」 「寝るよ。きっとね」 熱い塊が、覆い被さってくる。 物腰は限りなく紳士的なのに、何故か獲物を食べる肉食獣に似ていると、思う。 顔を横に向けると、夜神がこちらを向いていた。 勿論その目は閉じられているが。 「夜神が起きたらどうするんです?」 「その時はその時だろう」 そうでもない。色々と不味い。 取り敢えず、この手錠を拒否する口実を与えてしまう。 「アイ……んっ」 「声を出したらライトが起きるよ?」 顰めた声で交わす、短い会話。 それでもいつ夜神の瞼が上がるかと気が気でない。 アイバーの手は私のシャツをたくし上げ、胸骨の中心に口を付けた後乳首を舌先で嬲る。 「……本気ですか?」 「本気だね」 今は、時ではない。 せめて夜神とは離れた場所でするべきだ。 分かってはいるのだが、アイバーがここまでするのだから、余程強力な薬を盛ってある可能性80%などと読み違いをしてしまう。 実際は、そうだな、多く見積もっても、 「そこは」 「今更だよ」 ジーンズの中に手を入れ、下着の上から私の性器を弄ぶ。 触られるまでもなく、そこは硬く勃ちあがっていた。 位置を直されて、軽い安堵と共に諦観に似た気持ちが湧き上がる。 「……手短にお願いします」 「そんな事を言ったら、強姦しようとしているみたいじゃないか」 「違うんですか?」 「不本意だね」 アイバーは突然手を離し、両手を挙げた姿勢を取った。 「何ですか」 「強姦や暴力行為はしない。信条でね」 「……」 ここまで来て。いや、ここまで来たから、か。 私のそこは既に、滴るほどに勃起している。 万が一夜神が目を覚ました時の覚悟も出来ている。 私は、アイバーの襟を掴んで勢いよく引き寄せた。 「……抱きなさい。許します」 彼は少し目を見開いた後、ニヤリと唇を歪める。 「どうしようか。お願いされないと、」 「ならもう結構」 ぱっと手を離すと、彼は慌てて私の肩を抱き、口をつけてきた。 太く、ぬめる舌が歯列の間に入り込んできて私の舌に絡む。 早く、そしてゆっくりと。 まるで食虫植物のように私の舌を蕩かそうとするような動きに、それだけで射精してしまいそうだった。
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