月百姿 4 その翌日、弥ミサを第二のキラとして逮捕したので、我々が二人で遊びに行ったのはそれで最後になる。 夜神月は、自分がキラであると認めた。 いや、正確にはその可能性が非常に高い事を、認めた。 つまり、キラである自覚も記憶もないと。 巫山戯た事を。 話の展開は気に入らないが……。 「……いいでしょう。 夜神月を、手足を縛り長期間牢に監禁」 やってみろ。 完璧に監視され拘束された状態で、キラの殺人を。 何が何だか分からない……。 夜神月は、本当に記憶を失ったのか? 予想に反して夜神と弥を監禁すると共にキラの殺人はぴたりと止み、後に再開された。 そしてある時から夜神は、自分がキラであるという前言を撤回し、私と一緒に真のキラを探したいとそれしか言わなくなった。 その様子がまた、この私を以てしても真に迫って見える……。 五十日を過ぎた時、私は譲歩した。 こんな事は、Lとして活動し始めてから初めての事だ。 簡単なテストの後、弥はホテルの部屋に移し、夜神にもある程度の自由を与えたのだ。 「ここまでする必要があるのか?竜崎……」 「私だってしたくてしている訳じゃありません」 その代わり、私自ら二十四時間監視する。 その為に、常に私と手錠で繋ぐ。 この考えをワタリに話した時、気がかりそうな目で見られたが無視した。 確かに好みの男ではあるが、それ以前に一番のキラ容疑者だ。 同じベッドに寝たからと言って、そのような事は起こり得ない。 夜神に、私がゲイである事を伝える必要などない。 余計な誤解を招くだけだ。 だが。 「はぁ〜、一週間か」 「こうして手錠で繋がってからですか?」 「そう。思った程窮屈でもないけれど、さすがに疲れるな」 「そうですか」 私が用意したビルの私が用意したベッドに入り、横たわる前に夜神はストレッチをするように左右の肘を交互に伸ばす。 指を咥えたまま、夜神の感想などに興味がない振りをして答えたが、夜神は全く気にしたようではなかった。 「竜崎はどうだ?まさか、こんな生活した事あるわけじゃないだろ?」 「当たり前です。他人と顔を合わせる事自体稀なんですから」 「なら、」 「が。それだけに、必要とあらばあなたが側に居ても対人スイッチをオフに出来るので、自分の意識としては一人で過ごす時間も取れています」 「そうか……」 夜神は俯いて何やら考え込む。 「夜神くんには出来ないんですか?そういう事」 「いや、それに近い事はしてるよ。じゃなければ三日と保たない」 「そうですか?ならば、遠慮しなくていいんですよ?」 彼は軽く肩を竦めて、口の端だけで笑った。 「別に。何も遠慮してないよ」 「そうでしょうか?」 「ああ。僕は一人で居ても大体こんな感じだ。 だらける時はだらけるだろう?」 確かに時折着衣のままベッドに身を投げ出したりするのは余人には見せない姿だろう。 私の目にはそれすらわざとらしく見えるが。 「一週間ですよね」 「さっきそう言ったよな」 「火曜日と金曜日」 「……」 「私の知る限り、以前のあなたは週にその二日は自慰をしていました。測ったように」 「……!」 夜神の首筋が、刷毛で刷いたようにさっと赤く染まる。 カメラで監視されていた事を、知らなかったわけでもあるまいに。 何故今更初心な生娘のような反応をするのだろう。 「あなたを拘束している間、当然ながらそういった事は出来ませんでした。 相当溜まっている筈のあなたは、それなのに両手が自由に使えるようになってからもその慣例を既に二度スルーしている。 どう考えても自然体ではあり得ません」 「おまえ……!」 「何ですか?受験生時代、監視カメラが付いていた事に気付いていなかったと? そんな訳ないですよね?あなたの部屋だけで六十四個も付けていたんですから」 「……」 その時夜神の目に浮かんだ微かな戸惑いは、看過できる物では無かった。 私は目の前に餌を垂らされた飢えた魚のように、食いつく。 「どうですか?気付いてなかったとでも言うのですか?」 「いや……気付いて、いた」 「ならば私が、あなたが部屋に居る間中監視していた事も察しが付いていた筈ですよね?」 「ああ……それは、まあ」 ?何だこの反応は……。 気付いていたのか、いなかったのか? あるいは、覚えて……いない? 「だからって、その、週に二回自分でしてたとか……本人に言うなよ」 「ですから私の前では遠慮無用です」 「……」 「一応目を逸らしてますから。自分で処理して下さい、それとも、」 ずい、と顔を近づけると、夜神は狼狽して仰け反った。 「私がしてあげましょうか?」 「じょ、冗談じゃない!」 「別に本気ですが。手くらいならいくらでも貸しますよ」 本当は。 手で触れるだけでは私が生殺しだが。 彼がキラで無ければ。 まだ硬くなったのを見た事が無い、その肉の凶器で私の奥深くを貫いて欲しい。 一緒にシャワーを浴びる度、その筋肉のついた背中に、引き締まった尻に、不覚にも勃起しそうになる。 何しろ私も、キラ事件に出会ってから一度も男を買っていない。 まるで誰かに操を立てるかのように、禁欲生活を貫いているのだから。 「おまえってさ……」 「何ですか?」 「中性的というか、そういう、生々しい匂いが全然しない奴だと思ってたけど」 「不思議ですね。私、こう見えて結構嫌らしいんです」 「みたいだね」 夜神は本気にしていないようだった。 わざわざ、私がゲイだと伝える必要など無い。 要らぬ誤解を招くだけだ。 だが。 時折、さらりと口にしてみたくなる。 私の初体験が何歳だったか。 今まで、何人の行きずりの男と寝たか。 他人の尻の穴を舐め、舐められ、それだけではない、どんな濃厚なセックスをして来たか。 「でも、おまえだって僕の前でしないじゃないか」 「恥などという概念はありませんが、キラの前で自慰なんか出来ません」 「僕はキラじゃないが、僕だってLの前で自慰なんか出来ない」 夜神は、話はこれで終わりとばかりに毛布をかぶって横たわり、「おやすみ」と小さな声で呟いた。 私も火照り掛けた身体をクールダウンすべく、低い声で「おやすみなさい」と答えた。 だがその翌朝、夜神は夢精していた。 それ以降も時折。 その度に、怒ったような恥じらうような、何とも言えない表情で自分で始末をする。 それを見て、背中がぞくぞくする程興奮してしまうのは、我ながら悪趣味だと思う。
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