月百姿 2 それから十年が経ち、私はキラ事件に出会った。 それまで、あの男にああ言われたからと言って、大学に入ったり友人を作る事は一切なかったが。 容疑者の夜神月が東応大学を受験する事、恐らく首席で入学する事を知った時、ふと彼の事を思い出した。 「ワタリ。私もあの大学を受験する。何とか間に合わせてくれ」 『ほう。珍しいですね』 「あの男がキラなら、とてつもなく負けず嫌いな筈だ。 私が首席を取って鼻を明かしてやる。先制攻撃だ」 『……分かりました。でもあまり無理はなさらないように』 ワタリの、返答までの間。 自分でも自覚している。 私はこの事件に、これまでに無く入れ込んでいる。執着と言っても良い。 だがそれは、キラという犯人が今まで出会った事が無いほど手強いからだ。 手応えがあるからだ。 「最高の、ゲームだ……」 自室に仕掛けた64個の監視カメラを物ともせず、普通の高校生として勉強し、偶にゲームし、そして自慰をする夜神月。 これが演技だとしたら大した物だが……。 結局夜神は、東応大学に首席で入学した。 勿論私が負けたわけではない。 二人とも全教科満点の、学校始まって以来のダブル首席。 「有り得ない」と総長は頭を抱えていたが、我々の正体を知れば考えも変わるだろう。 「警察庁の方からお聞きだと思いますが、以降は私の指示に従って下さい。 取り敢えず夜神月には、私の正体は勿論、いかなる情報も与えないで下さい」 「……とは言っても、当局もあなたの正体を把握していないので……。 二人共に新入生代表挨拶をお願いする事は伝えさせて貰います。 入学式の時には否応なしに顔を合わせる事になりますし」 「ああ、そういう物があるのですね。丁度良い。 分かりました」 「?」 そして入学式で、私がLだと告げた時の夜神月! いきなり「L」だと名乗られたら、後ろ暗い事がなくとも誰でも困惑するだろうに。 殆ど表情を変えなかった。 という事は、それ程動揺していたという事だろう。 私は思わず心の中でほくそ笑む。 しかし、夜神にキラだと疑っていると告げ、且つ関係を深めていくのは私にとっても新鮮で面白い作業だった。 『大学で学ぶのは、勉強だけではないよ。 人間関係の作り方、友情の育み方、恋愛の仕方……』 また、中東の王子の言葉が蘇る。 そうだな……友情では有り得ないが、私は確かに夜神と人間関係を構築している。 「月くんは、私の初めての友達ですから」 ほら。おまえは私と出会って以来初めて本気で動揺した。 モニタ映る、ぽかんと口を開けた間抜け顔。 ずっと友人として振る舞っていながら、一度たりとも心から友人だと思った事がないからだろう? 「……ああ……。僕にとっても竜崎は気が合う友達だ……」 「どうも」 「大学、休学されて寂しいよ。またテニスしたいね」 ……ああ。 もう元通り、不自然に「自然」な夜神月の笑顔、シャツから覗いた白い鎖骨。 最初から気付いてはいたが。 おまえは。 中々、私の好みのタイプだ……。 「キラと第二のキラ……いえ。この事件を解決して世界からキラを一掃したらまた相手お願いします」 ……早くそういう日が来ると良いですね。 おまえは、キラだ。 だから恐ろしく白々しく響いただろうが、一向に構わない。 「今は外に出る所か、誰であろうとこうして人前に顔を出すのさえ怖いですよ。 まだ姿は隠して置いた方が良いかも知れません……」 いや、待てよ? ……『君は、私でなくとも良いからもっと本気で友人と付き合うべきだ。 そしてもっと街へ出て、芸術に触れて……』 「夜神くんはキラじゃないんですよね?」 「当たり前だ」 「なら大丈夫ですね。外で私がLだと知っているのは夜神くんだけですから」 「……!」 気を悪くしたのを隠さない表情も悪くない。 こんな風に膠着した時には、あの、中東の王子の託宣にもっと従ってみても良いかも知れない。 「街へ出ませんか?夜神くん」 「……」 「勿論友達として。デートしましょう」 「……デートって。日本語では……まあいいけど」 そうして私達は、屋外へ出た。
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