月百姿 1
月百姿 1








私は、ゲイだ。

育った孤児院ではワイミーの目の届かない所で色々あったが、元々の性質がそうなのだろう。

とは言え、生まれつき愛だの恋だのに心を傾けるタイプではないので、それは肉体的な特徴の範囲に過ぎない。
ペニスでも感じるが、肛門の中の方がより性感を得られる。
それだけの話だ。
もしかしたら、それは学習したかしないかだけの話で、どの男性でも開発すれば中の方が良くなるのかも知れない。
そんな実験をしてみたいが、私を「掘る」連中には、未だ同意を得られた事がない。





「何を考えている?」


ベッドの隣で、小麦色の厚い胸板を曝した男が微笑みながら尋ねる。
よくされる質問だが、私はそんなに何を考えているか分からない顔をしているのだろうか。
そうでなければ、会話が途切れた時のゲイの常套句なのだろう。


「何だと思いますか?」

「私を愛しいと考えている。違う?」

「当たらずとも遠からずです」


会話は……面倒だ。
面白くも無く、建設的でも無く、死ぬほど退屈で。
人間は情報を伝え合う為に言語を発明したのだ。
時間を無駄に潰す為ではない。


「君は、本当に分からない子だな。せめて本名を教えて貰えないか?」

「推理してみて下さい。私の背景を」


本当は、する事が終わったらすぐに追い出したいし、今までもそうして来た。
だが、子供にそんな対応をされた相手は二度と逢瀬に応じてくれなかったし、この男は今まで寝たなかで格段にセックスが上手い。
自分が彼に飽きるまでは何度か会いたいので、機嫌を損ねる訳には行かなかった。

十五にもなっていないとは言え、既に世界最高の頭脳と言われている私が。
裸でベッドに横たわったまま、うんざりする程不毛な睦言を繰り広げる。
「我慢」という物をせずに育って来た私だが、セックスの上手さや相性だけは、金でもコネでも買う事が出来ないので仕方が無い。


「そうだな……取り敢えず非常な金持ちなのは間違いないな。
 育ちは、良いのか悪いのか全く分からないが……今まで出会った中では、うちの国の馬鹿王子が一番近い雰囲気を持っている」


男は、中東からの留学生との事だった。
浅黒い肌と黒髪に、緑がかった金色の瞳がよく映える。


「そうですか」

「でもね。彼、行儀は悪いし礼儀は成っていないが、国政に関わるようになってからは異常に突出した政治力を見せているんだ。
 だから君も恐らく、何か……それが職業に繋がるかどうかは分からないが、他の者にはない優れた能力と自信を持っているのだと思う」


……まあ、この男もただの馬鹿ではない、か。


「またしても当たらずとも遠からずです」

「では、何かご褒美を」


私は苦笑する気にもならなかった。
金で買える人間というのは、やはり安いな。


「金なら、」

「違うよ。もっと……そうだな、君でなければ与えられない物。
 他の人からは決して貰えない贈り物が欲しいね」

「?私自身以外でですか?」


彼は声を出して快活に笑った。


「何を言っているんだ。君が、他人に自分を譲り渡すことは決して無い。
 身体を一時好きにさせるだけ、そうだろう?」

「……」


面倒臭い……。
私はつい身体を丸めて親指の爪を囓った。


「分かりました……では先程言っていた、私の本名を教えましょう」

「おお、良いね」

「……Lawliet。L-a-w-l-i-e-tです」


男が軽く疑っているような表情をしたので、念の為に付け加える。


「これ、今まで誰にも言ったことないんですよ?」

「まさか。親にも?セックスした相手にも?」

「親はいません。セックスしただけの相手に本名を告げるなんて言語道断です」

「それは、光栄だね。それに良い傾向だ。君にとっても」

「どういう意味ですか?」

「君、私との会話を退屈だと思ってるだろう?」

「……」

「それどころか、今まで誰と喋っても楽しくなかっただろ?」


やはり面倒だ……。
こんな事なら、ただの馬鹿の方がまだ良かったか。


「それはね。君が本気で会話をしていないからだ。
 決して本当の事を言わず、本心を隠し通す。
 他人とそんな関わり方をしていたらそれは退屈だし、人生勿体ないよ」

「……」

「君は、私でなくとも良いからもっと本気で友人と付き合うべきだ。
 そしてもっと街へ出て、芸術に触れて、そうだ、大学へ行くのも良いな」


私が……大学?今更?
十歳の頃、戯れに受けてみたSATで満点を取っている。
恐らく、世界中どの大学でも余裕で首席卒業出来るであろう私が?


「私は……大学で学びたい事は特にないんですよ。
 今の時代、大概の事は自宅で勉強出来ますし」

「大学で学ぶのは、勉強だけではないよ。
 人間関係の作り方、友情の育み方、恋愛の仕方……」

「ああ、それ、私の人生には必要のない物です」

「はははっ。どうだ?本音で話すと、少し楽しいだろう?」

「……」


確かに……私ともあろう者が、少し意地になってしまった……。
こいつの言っていた「中東の有能な馬鹿王子」とは、もしかしてこいつ自身の事なんじゃないか?


「あと、社会で学ぶべき事は、人の嘘の見抜き方……」

「あなたも言っていた通り、私自身が嘘吐きなんで。
 他人の嘘にも敏感ですよ」

「おや。そうなんだ?Lawliet」


きっとこの男は、私が伝えた名前を偽名だと思っているのだろうな。
ファースト・ネームも伝えれば、益々嘘だと思うに違いない。
そう思うと、意地悪な気持ちを抑えられなかった。


「エルです、大文字のL。L=Lawliet が私の本名です」

「ははぁ。一文字とは、変わった名前だね」

「そうですね」


ワイミーの孤児院から独立して以来。
Lとして活動している間に、性欲処理の為に寝た男は数知れないが。

この中東の王子は、TOP3に入る印象深さだった。






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