Magnetic eyes 4 わざわざ英語で言った所を見ると、我々に聞かせる為なのだろう。 リンルーン部長は少し憮然とした後、ころりと表情を変えて微笑んだ。 「イギリス官僚連続殺人事件の方は、割と詰まらないというか、我々に任せたがらないのも納得の事案です」 聞けば、殺された三人のイギリス官僚はそれぞれハッポン付近で女性やガトゥーイを買って、そのトラブルで死んだらしい。 「我々が言うのも何ですが、あの辺りの女性は非常にシビアで現金です。 運命の恋を見つけた!みたいな顔をしてすり寄ってきて、こちらが金を払うつもりがないと知ると、口汚く罵って去って行く」 口を歪ませるプーミパットは、経験者なのか。 「ファランや日本人は金持ちだと思っていますから、引っ張れないとなるとしっぺ返しも激しいですよ」 「ああ、私も昨日客引きに会いました」 「……竜崎は、ファランですよね?」 私は我ながら、白人にも黄色人種にも見える容貌をしている。 プーミパットの意外な洞察力を頭に刻みながら、私は曖昧に肩を竦めた。 「色々混ざってます」 「なるほど」 リンルーン部長は少し咳払いをした後、官僚殺しの資料を夜神に手渡す。 「こんな事は言いたくないが、私には普通に不用心だったように思えますよ」 「普通に?」 「ええ。ありがちと言えばありがちな事件ばかりです。 強盗に会う外国人は多いし、運が悪ければ殺されるでしょう。 イギリス人ばかりが三人連続で、というのは奇妙ですが、何か、タイ人を怒らせるようなキーワードが流行っていた、みたいな事ではないでしょうか?」 「分かりました。その辺りも調べて見ます。大変参考になりました」 夜神は丁寧に合掌して礼を言った後、私を促して退室した。 プーミパットにも暇を告げようとしたが、ホテルまで護衛すると言う。 彼は私の隣に並び、上から顔を覗き込むように話し続けていた。 「それでですね、私、Lに関してはotakuなんです」 「はぁ……そうですか」 「キラの居場所を全世界から日本の関東地方まで特定した動画は、何十回も見ました」 「ほう」 「神の如き推理力と仕事量です」 プーミパットはそこだけ日本語で、「サア、ワタシヲコロシテミロ!」と私の口調を真似て再現する。 わざわざ私に言ってくるというのは、私がLだと睨んでいると、私がLだと看破したとアピールしたいのだろうか。 「ジャルーンさん」 「プーミパットとお呼び下さい」 「ではプーミパット。Lの仕事量と言いますが、Lは個人だと?」 「え……」 「もしかしたら百人くらいで事件を分担している、個人警察の組織名かも知れませんよ?」 「……」 プーミパットは鼻白んだように口を閉じたが、めげた様子はなかった。 「だとしたら、L代表が物凄いんですよ」 盲信的だな……。 自分から話し掛けるつもりはなかったのだが、これ以上続けられても鬱陶しいので、仕方なく私は新しい話題を振る。 「しかし、タイではキラ事件はマイナーなのでは?」 「はい。タイ国内でキラ事件によると思われる死亡者はゼロですから」 プーミパットは、少し胸を張る。 「知っている人も居ますが、所詮外国の事件として他人事です」 「何故なんでしょう?」 「私が思うに、タイでは本名が浸透していなからでは?」 「ほう」 「タイ人は生まれた子を悪霊から守る為、動物名などの……ニックネームみたいな物をつけます。 私も、職場の人でも本名を知っている人は少ないですよ」 まあ……報道で本名が出ない、という事もないだろうが。 「プーミパットもニックネームですか?」 「本名ですよ。フルネームではないですが。私のニックネームはレックです。 でも本名で呼ぶと目立つので、レックと呼んで下さると嬉しい」 「はぁ……。恐らく、“レック”ではキラは殺せないんでしょうね」 「そういう事です。慣習が意外にもキラからタイ国民を守ってくれました」 というか……タイの警察はいい加減過ぎて、本当の悪人が誰なのか、外部からは分かり難いからではないだろうか。 と考えていると、夜神がちらりと振り返った。 「あと、キラは日本人らしいので、タイ語が難しいというのもあるかも知れませんね」 「ああ……」 プーミパットは意表を突かれたように一瞬足を止めた。 それが正解か。 我々はタクシーで帰ると言ったのだが、結局プーミパットに押し切られて警察車両でホテルまで送って貰った。 あまり目立ちたくはないのだが。 「調査だけでなく観光も、お出かけの際は声を掛けて下さい!お供します」 「ありがとうございます」 「あ。Lに伝えて貰えますか?明日の晩、大使館のパーティに招待したいと大使が」 「断るでしょうね。99パーセント」 「ははぁ、しかし現地調査も兼ねて是非、との事ですが」 「お疲れ様でした」 にこにこと人の良さそうな笑顔で見送った夜神は、車が見えなくなるとニヤリと振り返る。 「なかなか熱烈なファンじゃないか、L」 「逆にやっかいです……あなたのせいで世間の認知度が上がってしまったのは辛い所です」 「派手にマスコミなんか使うからだ」 「そうなんですよね。あの時は我ながらちょっとムキになっていました」 そう。キラをあぶり出すだけなら他にいくらでも手段はあったが。 マスコミを大々的に利用するという、一度しか使えない方法。 実行してみたくなったのは、おまえがキラだったからだ。 「で、これからどうする?イギリス大使館に行ってみる?」 「いえ。それには及びません。部屋に戻ってまずは資料を分析しましょう」 正直あまり関わりたくない。 そもそも、タイ国内の二重国籍の件でイギリス大使館を脅す、というやり方が間違って居る。 犯人は余程頭が悪いのか……あるいは、別に目的があるか、だ。 部屋で官僚殺しの資料も見てみたが、確かに全員行きずりの強盗にも見える。 しかし、それにしてはやはり偶然が過ぎた。 「分かっている足取りの中で共通なのは……ソイ・トワイライトのボーイズゴーゴーバーだな」 「ですね。 最初の被害者は、レディボーイの店やジムなどにも入り浸っているので生粋のゲイかも知れません。 でも残りの二人は、その店以外にも女の子の店やそういうマッサージの店に行っていますね」 「でも、何故行った店がある程度分かるんだろう? まさか、こんな店の領収書を出して経費で落としているのか?」 「……あり得ますね」 夜神は腕組みをして、小さく唸った。 「まあ取り敢えず、今夜はソイ・トワイライトに行って聞き込みをするか」 「その前にコンビニに行って日本のお菓子を買ってきて下さい」
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