Magnetic eyes 3
Magnetic eyes 3








「で?どうするんです?これ」


ホテルの部屋で、膝の間に頭を垂れて落ち込む夜神の目の前のテーブルには、ロレックスの腕時計と何錠かの薬のタブレットが乗っていた。


「……本当に、面目ない」


私が人混みの中に夜神の姿を見つけた時には、屋台の男達に腕を掴まれて強引な売り込みをされていた。
何かを買わなければ放してくれなかったのだろう、仕方なく夜神が財布を取り出した瞬間、コップに入った液体を顔に掛けられる。


“Sorry!Sorry!”


男達は大急ぎで謝っているように見えたが、次の瞬間夜神が膝から崩れ落ちた。
二人くらいが顔を見合わせ、夜神を路地に引きずり込もうとした所で、私が蹴りを入れて。

男達は、彼は時計を買おうとしただけだ、と言って夜神が手にしていた紙幣をもぎ取って逃げて行き、私は気を失った夜神を背負ってホテルまで戻って来た、という訳だ。


「屋台の人を、何まともに相手してるんですか」

「ジュースを勧められた時から、怪しいと思ったから用心してはいたんだけど」

「睡眠薬強盗なんてベタ過ぎるんですけど。
 数滴舐めただけで倒れたんですから、コップ一杯飲んでいたら目が覚めなかったかも知れませんね」

「……」

「身ぐるみ剥がされて捨てられるか、売られるか。最悪殺されていたかも」

「分かった。おまえが命の恩人だというのは、分かったから」

「で?いくらなんです?そのロレックス」

「……千五百バーツ」

「四十米ドルくらいですか、上手く値切りましたね」

「値切ったんじゃなくて、取られた紙幣を計算したらそうなっていた、というだけだ」

「まあその値段ならフェイクでもアリなんじゃないですか?
 問題は薬の方ですけど」

「知らないよ、勝手にポケットに入ってたんだから」

「見た所、ヤーマーですね」

「覚醒剤?!」

「似たようなものです。私が通報したら、あなた逮捕されますよ?」


二十年ほど前は普通に薬局で売っていたらしいが。
今となっては現地ヤクザの重要なシノギになっている。


「とにかく気持ちを切り替える。今後はこれまで以上に用心もする」

「分かっているなら良いですけどね」

「明日は、警察に行ってテロの情報を貰おう。
 ロジャーに大使館経由で話を通して貰ってる筈だし」

「注意して下さいね?何しろこの国の警察は、」

「一緒に来るだろ?」

「……面倒ですけどね。交渉は全てお願いします」

「分かった。後は出来る限り死んだ官僚達の足取りを洗おう」




結局朝食もルームサービスを頼み、ぱさぱさのサンドイッチを摘んだ後、我々は連れ立って外出した。
まずは観光警察署に向かう。

夜神はモバイルPCとパスポートと財布を入れたバッグを脇に挟み、物慣れない観光客のようになっていた。
これが往年のキラの姿かと思うと、少し笑える。

受付でロジャーの名前を出すと、少し待たされた後、タイ人には珍しい長身の警官が来た。


「プーミパット・ジャルーンです」


敬礼をした後、声を潜める。


「……上層部から内々に聞いています。首都圏警察部にご案内します」


なかなかきれいな英語だ。
通訳兼世話係、兼監視係、と言った所だろう。
男は夜神と並んで歩きながら、


「あなたがLですか?それとも、」


と私を振り返る。


「それは言いも聞きもしない方が良いでしょう。
 彼かも知れないし、僕かも知れない。二人ともただの使いかも知れない。
 それで収めて下さい」

「そうですか……」


若い警官は悲しそうな顔をして、引き下がった。
日本の警察官には、ついぞ見られない表情だ。
あの松田ですら、最初は強面だった。
私は国民性の違いを楽しみながら、夜神と警官の会話を聞いていた。



首都圏警察部の部長は、恰幅の良い禿頭の老人だった。


「私が部長のリンルーンです」

「彼は竜崎、私は楊です。どちらもLの代行と思って下さい」

「Lが直接来るのでは?」


夜神は鞄からPCを出し、開いて部長の前に突き出した。
そこには、予め用意した「L」の文字の画面が映り、変声機を通した私の声が流れる。


“Lです。私は現在タイに入国しています。
 この二人は機構としてのLに所属します。協力を要請します”


そして、私の写真と夜神の写真。
こんな物、我々が本当にLサイドの人間である証明になる筈もないのだが、リンルーン部長とプーミパットは少しタイ語で会話した後、疑う様子もなく資料を取り出した。
リンルーンは、気難しげに眉を寄せて、声を低める。


「今回は二つの事件が平行して起こっているので、我々も右往左往しています」

「まずは火急のテロの方から伺いましょうか」


私が黙っていると、夜神がPCを構えて質問を開始した。


「三日、いや四日前ですか、イギリス大使館と王宮に“ファック”が届きました。
 要求を呑まなければ大使館や王宮にいくつか仕掛けた爆弾を起動させる、と」

「……ファック?」

「ああ、すみません、英語で言うファックスの事です」

「爆弾は探したのですか?」

「当然です。大使館会議室の換気口から、プラスチック爆弾が一つ見つかりました。
 それを受けてイギリス大使は、Lへの依頼を決定しました。
 王宮の方は今の所、見つかってません。大使館以上に不可能かと思いますが」

「なるほど……一つでもあったという事は、大使館の厳重な警備をすり抜けたという事ですね。
 で、犯人の要求とは?」

「それが……」


二人はまた、タイ語で少し言い争うような様子を見せる。
その間に夜神はカタカタとキーボードを押して情報を整理していた。


「タイ以外の国籍も保有しているタイ人から、タイ以外の国籍を剥奪せよ、と」

「二重国籍ですか。でもそれでイギリス大使館を狙うのはおかしいのでは?」

「それは」


また口ごもるのに、思わず口が出た。


「アビシット首相ですね?」

「はい……」


イギリス生まれの華僑系タイ人、というインターナショナルな背景を見せる現首相は先頃、イギリスとタイの二重国籍である事を認めた。
勿論、二重国籍など珍しくもない、カムアウトするという程の事でもないのだが、アビシットを叩きたい人間には隙に見えたらしい。


「という事は、犯人はタクシン派か……」


隣で夜神が呟くと、リンルーンは顔の前で大袈裟に手を振った。


「そういう予断はよろしくないですな!」

「あ……」


夜神が自分の失言に気付いたらしく、小さく顔を顰める。


「申し訳ない。そういうつもりはなかったんです。
 ただ、タクシン元首相を批判する人が首相になると、暴動が起きたりしますよね?」

「それは、タクシン派が首相になっても同じです。
 奴らは国王陛下の威信を笠に着て、まるで自分達は清廉潔白であるかのような」


ああ、リンルーン部長はタクシン派なのだな。
まあタクシンは元警察中佐だ。警官は殆どがタクシン派と言って良いのだろう。


「部長。誤解を招きます」


その時、暫く黙っていたプーミパットが口を開いた。






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