Magnetic eyes 1
Magnetic eyes 1








「……は?テロ、ですか?」


夜神の珍しく高いトーンの声に怠惰な眠りから引きずり出される。
ソファの上で座り直して目を上げると、彼はPC画面を見つめていた。
スカイプか。

私に無断で勝手な事を……だが、連絡をして来そうな相手はロジャーだけだ。
「W」の表示を見て、受けて問題ないと判断したのだろう。

だがロジャーもロジャーだ。
確かに夜神にはLの仕事の一部を任せているし、Lの権限を分け与えてもいるが……。
私やニアを飛び越えて、最初に夜神に仕事の話をするのはどうかと思う。
彼は僅かな間にロジャーの信頼を勝ち得ている……油断しないように気をつけねば。


「なんですか、月くん」

「ああ、Lが起きました。代わりましょうか」

「……」

「なるほど、分かりました。では詳しくは資料で」


体を起こしかけた私を無視して、夜神は通話を切った。
ロジャーは私と話したくないのだろうか。


「タイの事件だ。おまえ、依頼メールをずっと無視してるだろ?」

「ああ、その件ですか……。まあ、金髪の件の方が重要な案件でしたし」


タイの高級ホテルに滞在していたイギリス官僚が、三人ほど不審な死を遂げている。
現地に来てその謎を解いて欲しいと、大使館経由で依頼が来ていたのだ。

だが、全く気乗りしなかったので無視していた。
不審な死と言っても特に特徴のある変死ではないし、正直官僚……特にイギリスの官僚というものが蕁麻疹が出る程嫌いなのもある。


「それと関係あるかどうか分からないけれど、イギリス大使館と王宮に向けてテロ予告があったそうだ」

「ほう」


頭の中でイギリスの公的なイベント予定を検索するが特に問題がありそうな物はない。
タイの方の暦はインプットしていなかった。


「ちらっと、王室が関係するような事を言っていたな」

「王室って英国王室ですか?タイ王室ですか?」

「さぁ、そこまでは」

「ウイリアム王子の結婚式が近いからですかね」

「それがタイのイギリス大使館とどういう関係が?」

「さあ……」


あるいはタイ王室か?
現時点で世界最長の在位期間と世界一の保有資産を誇る、かの国の賢王。


「とにかくそういう訳だから、飛行機のチケット取っておくよ」

「はい?何故ですか?」

「スポンサーからも圧力があったそうだよ。
 今回は絶対に行ってくれってロジャーが」

「それであなたに話をしたんですか……でも行きません」

「今重要な事件は無いだろ?」

「日に一、二件は解決してますよ」

「別にPCさえあればタイでも出来る仕事じゃないか」


何故そんなに熱心に勧めるのだ……。
と、不審な目をしてしまったらしい。
夜神は苦笑を浮かべて近付いて来た。

だが一メートルの距離になっても足を止めず、そのまま私が寝ていたソファの外側へ回り込む。
そして肘掛けに尻を乗せたかと思うと、腰を捻って私の首に腕を絡ませた。

……モロッコで夜神を牢獄から連れ出した後も、何かの拍子に女優のようだという感想を持ったものだが。
この娼婦のような仕草と表情は、以前私に迫ってみろと言った時、初めて見せたものだ。

生まれつき演技力はある方なのだろう、私を誘惑した時も中々扇情的だと皮肉を込めて褒めた。
それでまたこんな真似をするという事は、夜神の中では面白かった出来事になっているらしい。
私は全く面白くないが。


「なぁ……L」

「はあ」

「偶には羽を伸ばさないか?お互い」


耳元に吹きかけられる、生暖かい息。
欲情してもいないのに、そんな事をされても不快なばかりだ。


「そうですね……」


私は眉を寄せないように気をつけながら、夜神を見上げた。


「あなたを監視してばかりなのも飽きましたし。
 偶には南国でバカンスを楽しむのも良いかも知れませんね?」

「そう」


“お互い”という事は、夜神も私から離れて羽を伸ばす、という意味だろう。
ニアの処遇について言及しないというのは、そういう事だ。
夜神は、ニアと二人で日本に残るつもりでいる。


「分かりました。ロジャーの分も合わせて、私がチケットを手配します」

「へぇ。ロジャーも行くんだ?」

「はい」


僅かに弾んだ声で私から離れる夜神の背を少し見送ってから、
私はロジャーへのメールを作成した。





「……そういう事か」

「はい」


翌日、監視カメラ映像にロジャーの姿を認めて仰け反った夜神に。
プリントアウトしたチケットをひらひらさせて見せると、一瞬呆気にとられた顔をした後、歯噛みをした。


「僕の代わりにニアの世話をさせるために、ロジャーを日本に呼んだんだ?」

「その通りです」

「何故もっと早く言わない」

「私から離れられると、浮き浮きしている月くんを見るのが面白くて」


夜神は一瞬拳を握りしめたが、目を閉じて大きく息を吸って耐える。


「……別に、浮き浮きなんかしてない。
 そうだな、常に飼い主に付き従うのが飼い犬の役目だった」

「よく分かっているじゃないですか」


夜神は無言でモバイルやPCなど機器を鞄に詰め、着替えを取ってきた。
ちゃんと二人分荷物を作って私にも放って寄越す所などは、出来た男だと思う。

このように、ただ夜神の不興げな顔を見たいが為に安易にタイ行きを決めた事を、
後に私は後悔する事になるのだった。






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