Melancholia
Melancholia








「これって確か、メロが好きだったメーカーじゃないか?」


夜神が指さしたショウウィンドウには、沢山の菓子で作った
模型の家が飾ってあった。
その中に、金色の紙で包まれたチョコレートバーもある。


「買っていいか?」

「良いですけど。確か甘い物は苦手だったのでは?」

「偶には良い。今年は生まれて初めてバレンタインデーに貰うあてもないし」


また無意味なモテ自慢を。


「そう言えば日本ではそういう季節なのですね。
 ここはイギリスですから特にチョコレートを贈るという習慣はありませんよ」

「そう」



ここ数日、夜神のリハビリの為にホテルの周辺をゆっくりと散策している。

私自身は目的地までドアトゥドアで移動したいタイプなので、
こうして町中を歩くことは滅多になかった。
それに、私は情報が命綱だが重い物を持つのは嫌なので、
今もモバイルPCを夜神が持ち運ぶという条件がなければ絶対実現していない。

夜神も無駄は省きたい方かと思っていたのだが、存外外出には積極的で、
何気ないロンドンの街の佇まいを観光客のように楽しんでいる様子だった。


目的地のない歩行など、本当は遠慮したい所だが。
仕方なく夜神に付き合って歩いていると、それなりに悪くないかとも思えて来る。



夜神を伴って件の店に入り、件のチョコが一箱あるか尋ねたら丁度在庫があった。


「そんなにいらないよ!」

「私が食べます。月くんは欲しい分だけ取って下さい」

「……じゃあ、三枚」


一枚で良いと言うかと思ったが、意外にも三枚抜いた。
私も夜神が抱えた箱から一枚取り出し、ぴりぴりと包装を剥いて
歩きながら口に運ぶ。


「行儀が悪いな」

「エネルギーを消費しながら補給する。理に適っています。
 月くんも試してみて下さい」


少し困った顔をした夜神は、それでも箱を片手で持ち直して
素直に一枚取りだした。
同じように包装をはいでパリッと一口噛み取る。


「……甘いのに、カカオが効いてるな。食べられる。
 こんなの、食べてたんだな」

「月くんはメロとは面識ないんですよね?」

「ああ。一度も」


メロを殺した、高田。
を殺した、夜神。

最終的に、メロの命を奪ったことが夜神の命取りになったわけだが、
それ以前にもメロと夜神は何重もの意味でお互いに仇だった。

それ程の因縁を持った相手と一度も顔を合わせていないというのは
あの事件の特殊な性質だが。
その夜神がメロを偲ぶというのも、何とも奇妙な絵面ではある。


「でも今日は、メロの命日だから」

「ああ、一年目のdeath anniversary ですね?
 よく覚えてましたね」

「人の誕生日とか記念日が忘れられない質で。
 命日は特に、意識していなくても思い出してしまうな」

「私は必要ない事はすぐ忘れる事にしています」

「それが賢い」


日付が忘れられないというだけならある種の脳障害である可能性があるが、
命日に関しては、デスノートの弊害かもしれない。

もしかしたら、過去数年に渡って今日という日を強制的に命日にした、
沢山の人名が今も夜神の頭の中を巡っているのかも知れない。

365日そうだと思うと不幸としか言いようがないが、面には全く出さず
耐えて生きていくのだろう。
彼は、夜神月なのだから。


「メロは、どんな男だった?」

「そうですね……私の知る限りでは快活で素直な少年でした」

「……僕の知るメロ像とのギャップが激しいな」

「そうでもありません。
 彼は、あなたや私のように勝ち続けていなければならない人でしたが
 人生の早い段階で敗北を味わった」

「なるほど。それは、自分を保てなくなるかも知れない」

「メロがワイミーズハウスで育たず、一般社会で負け知らずに育ったら
 あなたのようになったかも知れませんね」

「……それって、多分良い意味でじゃないよな」

「そう言えば実は、最初に彼にこのチョコレートを勧めたのは……。あ、」


その時、上からちらちらと白い物が舞い落ちてきた。


「雪、だね。変な噂をするなと、メロが怒ったかな?」

「……私、雪に触るの初めてです」


立ち止まって上を向くと、頬に、前髪に、雨粒とは違う軽い物が触れ
やがて溶けてじわりと冷水が滲んだ。
それは、氷菓子や綿菓子が溶ける食感から想像していた感覚と近かったが、
やはり肌で感じるのは格別だ。


「寒い筈だな。おまえ、靴下履いてないだろ?冷たくない?」

「冷たい、かも知れません」


小さかった雪片がくるくる回りながら視界一杯に広がって、目を閉じる。
直後、鳥の羽のように瞼に触れた気配は、やがて重みを取り戻し、
液体に変化して目の端からこめかみの方へ流れ落ちた。

しばらく、顔に触れてくる軽さとその後の冷たさを、
雪の結晶をどこまで感じ取れるかを、
楽しんでから目を開けると。


……吸い込まれる……。


目の前に、灰色の闇が広がっていて、
私はその中を上昇していた。

……なるほど。

これは、部屋の中で雪の映像を見ていては味わえない。
この、ゆっくりとした落下物を見上げるというのは、こういう事か。


天に、昇っていく。どこまでも。

あるいは。

堕ちて行く。天に向かって。


星間飛行をするアストロノートのように、ふわりふわりと雪の間を縫い、
私はどんどんメロの元へ、ワイミーの元へ、近づいていく。



天に、昇っていく。どこまでも。



こんなに昇っては、もう、地上へ戻れない。

後はただただ、天空に向かって吸い込まれて行く、
その浮遊感の何と心地よい事か……。






「……おい!」


急に手を、掴まれた。
暖かい、手袋に包まれた手だ。


「……はい」

「何ぼーっとしてるんだよ。帰るぞ」

「はい……月くん」


せっかく、滅多にない白日夢に遊んでいたのに。
現実に引き戻されたことを、少しだけ惜しく思う。
と同時に自分が、夜神に大声を出させてしまう程、儚げな気配を
醸し出していたのかと思うと、可笑しくもなる。


「……僕も、顔に雪が積もるまで空を見上げていた事がある」

「そうですか……それで、戻って来られたんですか?」

「さあ。どうだろう」


手袋を脱いで私の顔の雪を払う夜神の、
その鼻の頭もまた赤くなっていて。
私は、少年時代の彼に出会ったような気がした。



それなりに、悪くない。



どちらからともなく同時にチョコレートをパリッと囓り、
また、夜神と雪の中を歩き始める。


振り向くと、
どんどん白くなって行く道に、二人分の足跡が残っていた。






--了--





※偶にはこういうのも。






  • Born free 1

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送