「さよなら坊や」5 「……」 Lは無表情で、こちらに顔を向けている。 見せつけるように制服のジャケットを脱ぎ、立ち上がってシャツのボタンを外した。 Lは相変わらず面倒臭そうに、ぼんやりとした表情を保っていたが、 意識はこちらを注視しているのがありありと感じられる。 僕はベルトを外し、ズボンを脱いで椅子の背に掛けた。 ブリーフも靴下も脱いで、ゆっくりと机を回り、Lの正面に立つ。 「見ろよ、L」 「……」 顔を逸らしたL。 だが、瞼を閉じれば負けだと思い込んでいるかのように、 その目は見開いていた。 「僕の全てを見たいと、言っていただろう?」 「……」 『服を脱いで下さい』『全てを愛させてくれますよね?』 そう言ったのはお前だろう? 「見ろ!」 「……」 自分の言葉の責任を取れ。 間抜けな自分を直視しろ! 「僕を、見ろ!L!」 遂に僕は、叫んでいた。 Lは、漸くのろのろとこちらに顔を向けた。 「……どうだ?嬉しいか?お前が見たがっていた、『月』の全てだ」 両手を広げて全部を曝し、微笑んでみせると、 Lは心の底から不快そうに眉根を寄せる。 それから数秒、まるでゴミを見るかのような目で僕の身体を睨め回し 「……あなたは、月さんじゃない」 言う声はしゃがれていて、まるで機械音声のようだった。 「月だよ」 「私の愛した月さんは、完璧な、女性でした」 「だからそれは僕の演技だ」 Lは、今度はやっと僕と目を合わせたが、そこには、 これまで見た事のない、何とも言えない、感情が溢れていた。 僕は何か追い詰められたような気持ちになって、 「そんな女存在しないんだよ……」 早口で続けてしまう。 「幻だ」 「いいえ。あの日確かに、私の腕の中に月さんは存在しました」 「だとしても。今は、居ない」 「はい。あなたは、私の大切な人を、私から奪いました」 「L……」 まるでオペラの中のように、安っぽいロマンチシズム溢れる探偵の言葉。 に、笑いたいような、泣きたいような複雑な気分になった。 「……悪かったと、思ってるよ」 「そう思うのなら!」 Lは声を荒げ、椅子の上から足を下ろす。 突然向けられた激しい感情に、不覚にも一歩後ずさった。 「……時を、戻して下さい」 「……」 「私の恋を、返して下さい」 「……」 他人を見るよりもずっと冷たく、余所余所しい視線。 憎しみさえ感じさせない、深い……無表情。 決して大きくなく、恫喝もしていない静かな声なのに、喉が硬直して。 何も言葉を返せない。 「……L」 やっと絞り出した声は、まるでどこかへ吸い込まれるように消えた。 命ある物に呼びかけているような気がしない。 「……」 全身が、凍ったように。 動かない指先に、熱い血を流すイメージを繰り返す。 少しづつ、指を動かし、手を動かし、身体を揺らして数分、 やっと僕は自由を取り戻した。 ゆっくりと元の場所に戻り、下着を取り上げて、足を通す。 靴下を履き、ズボンを穿き、ワイシャツを羽織り、ボタンを留める。 椅子に掛けたネクタイを取るために俯いた時、 袖口に、ぽたりと水滴が落ちた。 「……!」 見なかった振りをして、結び慣れたネクタイを結びジャケットを羽織る。 この制服を着るのは、どうせ今日が最後だ。 僕は顔を上げ、袖でぐいっと顔を拭ってドアへ向かった。
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