「さらば愛の巣」1 キラとの一夜は、素晴らしい物だった。 彼女は、処女だった。 間違いない。 私のシャツを握りしめた指が、冷たくなっていた。 声が、身体が、震えていた。 もし本職の女優だとしても、肌を合わせてあそこまで演技出来るなどという事は あり得ない。 服も脱がず、私に性器も触らせず、終始女性が主導権を握っていた 彼女とのセックスは風変わりには思える。 だが、東洋人はこんな物だと言われれば「そうか」としか言いようがない。 自分でスキンを用意したり、私の後始末をしてくれたり。 考え得る限りの献身を以て、彼女は私に尽くしてくれた。 ヨーロッパでは、高級娼婦を買ってもこうは行かない。 例え身体を売る女性でも、男性と同じだけの人権と誇りを持っている。 だが、東洋では「女性の誇り」の意味が少し違うようだ。 ……こういう事は情けないのかも知れないが。 「東洋の女」に夢中になる「ある種の西洋の男」の気持ちが、少し分かった気がした。 とにかく私は、処女に奉仕されるという、得がたい経験をした訳だが 問題が一つ残る。 ……彼女が、キラである事だ。 それがなければ私は彼女を妻にしたかも知れない。 事後のピロートークで、つい本音が漏れる。 「申し訳ありませんでした……初めてがこんな男で」 おまえを捕らえ、命を奪う事になる私が おまえの処女まで奪ってしまった。 だが。 「……私が、あなたに捧げたかったんです」 「……!」 囁くような応えに、息が止まるかと思った。 思わず、彼女を抱く腕に力が籠もる。 苦しくない筈はないだろうに、彼女は声一つ上げなかった。 「月さん」 「はい」 「あなたが、好きです」 ……馬鹿な事を言っている。 自分でも分かる。 だが、耐えられなかった。 『今後被害者に入れ込んでしまったり被疑者に思い入れを持つ事もあるでしょう。 それはあなたにとってとても辛い事になると思いますが……耐えられますか?』 かつてワタリに言われた台詞が蘇る。 その控えめな、しかし気遣わしげな表情と共に。 ワタリ。 やっとおまえの言っていた意味が分かったよ。 ……そして、耐えられそうにない。私には。 彼女を失いたくない。 例え、キラだとしても。 「大切な物をくれたあなたを、私もとても大切に思います」 「……あなたは、すぐに国に帰ってしまうんでしょう。 そんな事を言われると、余計に辛いです」 そんな事、毛ほども思っていないだろうに。 私がキラを、おまえを捕らえず、もしかしたら死体になって 日本から出る日を心待ちにしている癖に。 「蝶々さんのような事を言うんですね。 でも私はピンカートンとは違って、月さんが望むなら、この国に永住出来ます」 「そんな簡単な物なのですか?」 「簡単です。何せ私は、世界の警察を動かせる名探偵Lなのですから」 戯けて言うと、少女は本当に楽しそうにくすくすと笑った。 ……今のうちに存分に笑顔を見せてくれ。 その、花のような笑顔を。 この瞬間だけは、キラとLを辞めよう。 冗談めかして、バラ色の未来を語ろう。 その夜、私達は手を繋いで寝た。 彼女の幸せそうな寝顔を眺めながら、その時私も確かに幸せだった。 それから何度か彼女と身体を重ねたが、毎回、初回と同じく 常に部屋を暗くし、彼女主導で行為は進む。 そして大体同じ事の繰り返しなのだが、変化もあった。 彼女の舌技が、驚くほど上達していったのだ。 最初は恥じらっていたようだが、慣れて来るにつれ、私の、男のツボを 心得ているとしか思えない淫靡で細やかな口戯を覚えて行く。 恐ろしく頭と勘の良い人なのだろう……キラだけあって。 それと。 挿入は痛がってばかりだった彼女が数回目、初めて喘ぎ声らしき物を漏らした。 感じている。 私の身体で。 私はまるで難事件を解決した時のように、喜びを感じた。 そして、どうせ同じホテルに滞在しているのだから、同じ部屋に泊まろうと 言ったのだが、彼女は首を縦に振らなかった。 まあ、キラなら仕方あるまい。 そんな最中、二日程連絡が取れなくなった事があった。 携帯はホテルの部屋にあるらしいのだが、出ない。 訪ねてみても、不在のようだ。 逃げられた……? 迂闊だったか。 私は初めて合い鍵を使い、部屋を調べたが、着替えなどは丸ごと残っていて 胸を撫で下ろす。 後は、数冊の辞書。 それに……レベルの高い参考書。 彼女は、もしかして受験生……なのだろうか? そんな事を思い、本名などが分かる物を一応探してみたが 当然何も無かった。
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