「桜の枝を揺さぶって」3 その日の晩、彼女に渡した携帯電話から電話があった。 何かの罠かと数秒躊躇ったが、取ってみる。 「はい」 『あの……芝居でお世話になった、朝日月です』 「ええ、分かってますよ」 『お久しぶりです』 「そうですね。十日ぶりくらいですかね」 『……』 「何でしょう?」 『……』 女は、息を殺している。 私も息を殺して電話の向こうの気配を伺ったが、誰かが居る気配はなかった。 『あの……お会い出来ないでしょうか』 「今からですか?」 『え?』 「大丈夫です。伺います」 『え?あの、』 自分でも何故そんなに焦っていたのか分からない。 何も喋らせずに携帯を切り、ポケットに部屋の鍵を入れてスニーカーを引っかけた。 まあ、罠だったとしても居るのは警察関係者だろう。 それよりも……自分でも怖くなる程に、彼女に会いたくなっていた。 声を聞くまではそんな事を思わなかったのに。 最後は殆ど駆け足で部屋に着き、ノックをするとドアを開けた少女は 驚いた顔をしていた。 やはり美しい。 髪が少し伸びた気がする。 「……早いですね」 「少しでも早くあなたに会いたくて」 「もしかして同じホテルですか?」 「はい」 「というか、何故ホテルや部屋番号が分かったのですか?」 そう言う少女の表情は、怯えたようでもなく、どちらかと言うと苦笑に近い。 発信器に思い至ったのだろう。 そしてそれが、キラとして疑われているのなら仕方ない、と割り切っている。 さすがだ。 「すみません」 「まあ、仕方ないですね。Lとキラなら。 私の方が迂闊でした」 そう言って身体を横に向けたので、私は部屋の中に入った。 広くもない部屋には人の気配もなく……頭がくらくらした。 「月さん。確認しておきたいんですが」 「はい?」 月は今日も、私が返したカーディガンを着ていた。 下はオールドローズの上品なロングフレアスカート。 正直、ファッションに疎い私でも大時代な格好だとは思うが 彼女には逆によく似合っている。 「あなた……キラなんですよね?」 「そうでしたね。舞台上では」 にこりと返すのに、軽く苛立つ。 「マジな話なんですけど」 「……」 「私はあなたに渡した携帯で、あなたの居場所を監視していました。 あなたがキラでなければ、洒落にならない行為ですよね?」 「……」 「でもあなたは怒らなかった。 ……キラだと思って、良いですか?」 彼女は微笑を崩さなかったが、少し青ざめているように見えた。 「……私がキラだとして」 「はい」 「だとしても、キラだとこの口から認める訳には行かないと、思いませんか?」 「それもそうですが」 少女は横を向き、額に手を当てて考え考え言葉を続けた。 「もしあなたが、自分がLだとはっきり認めて下さるのなら、 キラも、自分がキラである事を認めるかも知れません」 「なるほど。Give and take ですね」 「あなたが日本人じゃない事を、今思い出しました」 そう言って少女は、緊張を緩めるように微笑んだ。 花の、ようだ。 と、また思った。 だがそれは毒の棘を持つ、凶悪な大輪のバラだ。 「何故そんなに、結論を急ぐのですか?」 「?」 「我々がLとキラだとして、こうして出会えた事を、 もっと楽しみたいと思いませんか?」 少女は首を傾げて、媚びが滴るような笑顔を見せた後 備え付けのティーセットに向かった。 それから、落ち着いた声音でゆっくりと話を続ける。 「私は、あなたが本物のLだと思っています」 「はい」 「世界一の探偵が、しがない女子高生に興味を持ってくれるのは、 私がキラだと思っているからですよね?」 「……」 「正直、私がキラなんかじゃない、平凡な夢見がちな女の子に過ぎないと あなたにバレて、あなたが離れていくのが怖い」 「……」 「だから、自分がキラだとも、キラじゃないとも、はっきり言えない。 ……という事に、しておいてくれませんか。今は」 全く、口が立つ。 この女に、数秒でも考える時間を与えたのは失敗だった。 私は、自分の身体の中に嵐が吹き荒れるのを感じた。 「そのお茶、要りません」 「どうしてですか?毒なんか、」 「夢見がちな女の子であっても、夜遅くに男を部屋に入れるという事が、 どういう事かは分かっていますよね?」 立ち上がると、少女が持ちかけていたティーポットが 銀の皿に当たってがちゃ、と音を立てる。 青ざめ、後ずさる少女をゆっくりと追い詰めると、 やがてベッドの角に当たって止まった。 「私、」 何も言わせずその肩を引き寄せ、強引に口づける。 今度は少女は、目を閉じていた。 何度も唇を押し当てた後、舌を入れてみる。 おずおずと応えられて、身体が震える程興奮した。 「……良いですね?」 ベッドに座らせて囁くと、少女は耳を真っ赤に染めた。
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