「桜の枝を揺さぶって」2
「桜の枝を揺さぶって」2








ホテルに到着し、このまま中に押し入って尋問したい誘惑に駆られたが
逃げられても困るので立ち止まっていると、月はぼそりと呟いた。


「もう、お会いする事はないと思いますが」


……ああ。そう言えば我々は演出家と女優だったか。
公演が終われば特に関わりは無くなる。


「そうなんですか?」


だが、おまえはそれで良いのか?
殆どLだと確信している私を、始末する機会を逸してしまって良いのか?
自分も完全に姿を消せるのなら確かに悪い手でもないが。

おまえは、守りに入る性格ではないだろう?
そんな人間なら、最初からキラになったりしない。


「お会いする理由がありません」

「折角キラとLが出会ったのに、このままお別れというのは
 勿体ないと思いませんか?」

「!」


さっきのお返しに、キラだと名指しにしてやると。
女は無表情に近い、何とも言えない顔で私を見た後、


「そうかも知れませんね」


不敵に笑った。
負けず嫌いめ……。
私がLである事を否定しなかったから、自分もキラである事を否定しない。
殆ど幼稚とも言える対抗心だ。

私も人の事は言えないが。


「では、また会ってくれますね?」


ずい、と身体を近づけると、固まっていた。
いくら年の割に老獪に見えても、所詮小娘、か。
ならば私が男である事は、めい一杯利用させて貰う。


「あの」


カーディガンと携帯の入った紙袋を押しつけると、相当戸惑っているのに
嗜虐心を煽られた。


「私名義の携帯電話です。
 あなたの携帯の番号やメールアドレスは教えて貰えないでしょうから用意しました」

「……」

「私の番号とアドレスだけ登録してあります」


壁に押しつけると、震えている。
キラが。
私の獲物が。

……いや、正直に言おう。

私は、男として欲情していた。
目の前の花を、滅茶苦茶に散らしたいと。
自分の物にしたいと思った。
彼女がキラでなければ、どうだったかは分からないが。

顔に手を触れ、一層震えた頬に唇をつける。
柔らかく、暖かい。
何度かキスを繰り返すと、唇に触れる事を許してくれるようになった。
舌を入れ、いっそこのまま……。

と思った所で、強く押し返される。

押しつけ、受け取られなかった紙袋が二人の足のあいだに落ち、
キラのはぁはぁと言う荒い息だけが、響いていた。


「あなたにもう会わないと言われたら、このカーディガンは
 記念に貰っておくつもりでした」


襟や袖から髪の毛や体毛、皮脂を抽出してDNAデータを取ったり、
購入場所を調べて個人を特定するべく捜査はしただろうが。
出来れば、このまま関係を続けられる方がベストだ。


「連絡、待ってます」


少女は黙ったままぐいぐいと私を押し出したが、
携帯を返そうとしなかったので、私は満足した。





公演が終われば、少女は当然自宅に戻るだろうと踏んでいたのだが
カーディガンに付けた発信器も携帯も、殆どホテルから
動かなかった。

考えてみれば、キラなら当然だ。
私が尾行する事も考えて、出来うる限り個人が特定されるような行動は
避けるだろう。

小まめに部屋を変えるが、宿泊者名簿に書く住所は相変わらず出鱈目、
という徹底ぶりだ。
いくら、女優の正体を知られたくないと言っても。
これでは、後ろ暗い事があると自分で言っているような物だ。


その間にも、キラの裁きは続いていた。
殺すタイミングを選べる可能性が出て来た以上、今更彼女の部屋を
盗聴しても無駄だろうが。

三日後、彼女は遂にホテルを出た。
と思ったら、近場の別のホテルに居を移しただけだった。

遠目に見ただけだが、持ち物は、着替えのバッグ以外に
ノートPCと、分厚い書籍が数冊……ノート数冊……。
暇つぶし、か?


しかし、彼女が高校生だというのが本当なら、一体どんな家庭で育ったのだろう。
年頃の娘が一人、何日もホテルからホテルへ泊まり歩くと言うのは
恐らく一般的ではない。
学校へも行っていない。

恐らく家は裕福だ……学校へ行っていないとすれば通信教育か。
しかし、彼女はコミュニケーション能力に難のあるタイプではない。
いやむしろ、年にしてはずば抜けて長けているとも言える。

敢えて通信教育を選ぶ理由がないが……
一応、関東圏在住で偏差値の高い通信教育受講者をリストアップさせるか。


退屈にモニタを眺める日々が続いたが、ある時、動きがあった。
カーディガンの発信器が警察庁に入ったのだ。

自首……?

まさか。

そんなタイプではない。
もっと言えば、私自身が、そんな事は許さない。


いや……もしかしたら、元々彼女は、警察の手先……?


キラをおびき寄せる為に、文字通り一芝居打った。
キラに対する囮なのだから、あんなに徹底的に身元を隠す。


と思えば、確かに筋は通るが。
私の中の第六感が、違和感を訴える。

彼女は、キラだ。

彼女が、キラだ。
そこからスタートして考えると。

キラは、Lを探し出して始末したい。
Lを探し出す為に、警察まで巻き込んで舞台上の「キラ」を囮にした……?

「本物のキラ」自身が?


いや。
悪くない。

一度容疑を受けて晴れれば、心情的にもう一度容疑は掛けにくい。

そこまで読んでいるとしたら。
やはり彼女は、キラだ。






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