「桜の枝を揺さぶって」1
「桜の枝を揺さぶって」1








朝日月と別れた後、一晩中戦々恐々としていたが、私は死ななかった。

可能性は二つ。
一つは、キラはやはり、直接会っても顔だけでは殺せない。
もう一つは、彼女はキラではない。

実際、彼女が舞台に立っている間にも、キラによる殺人と思われる
心臓発作は起こった。

それでも、自分の中で彼女がキラである確率は30%に上がっていた。

私がLだと看破する頭脳。
それを直接切りつけて来るあの度胸。

会話の流れに不自然な点はなかった。
彼女が誰かの指示を受けているとは考え難い。

しかし、そうなるとキラは人を殺す時間をコントロール出来る事になる……。
とにかくキラかキラでないかの判断はともかく、何としても彼女の正体は
突き止めておきたい。

どうするか……あまり焦りすぎて姿を消されても困る。
私は借りたカーディガンを見つめながら、考えた。




翌日の千秋楽。
今日は客席から彼女を見てみる事にした。


……終盤、若い警官は、少女が遠隔殺人を繰り返している事を見破る。
それもその筈、少女は警官を喜ばせる為だけに犯行を重ねているのだから
警官視点から見れば、杜撰な程に一目瞭然だ。


『そうか……あの凶悪犯が死んだのも、君のお陰か……』

『ええ。もう、あなたを煩わせる犯罪者は居ないしもう現れないわ』


若い警官は胸を突かれたような顔をした後、表情を歪め、少女から背ける。


『……後一人、犯罪者が残って居る』

『え?』

『僕の前に、許しがたい大量殺人犯が』


少女はたっぷりと呆然とした後、床に倒れて泣き崩れる……。

筈だったが、今日は違った。
呆けた後、げらげらと高笑いを始めたのだ。

警官役の俳優が、戸惑ったように月を見るが、月は笑い続ける。
警官は諦めて、当初の予定通り静かに下手に捌けて行った。

舞台の上に一人残った少女は、それからしくしくと泣き始めて
祈りの姿勢を取る。


以降は全て台本通りだったが、私はあの高笑いの意味を
考え続けていた。




公演終了後、「打ち上げ」という名の飲み会があると言われた。
月が参加しないのなら私は彼女を送ろうと思ったが、
意外にも参加するらしいので仕方なく着いて行く。

だが、他の男に肩を抱かれ、口説かれている様子を見て、
離れた場所に座った事を後悔した。

そいつは、キラだぞ……!

……いや。
それ以上に、単純に他の男が彼女に近付くのが不快だった。


我ながら、やっかいな感情に囚われたものだ。
こんな事は初めてだ。


探偵として生きていくと決めた時。
ワタリに、今後被害者に入れ込んでしまったり被疑者に思い入れを持つ事も
あるだろうと言われた。
それはきっとあなたにとって辛い事になる、と。

だがそれから十数年。
私にそのような事はなかった。

冗談めかして「ワタリの予測は外れたな」と言った事があったが
彼は複雑な顔をしていたように思う。

だが、今。



気がつくと飲み会は終わり、店の外に出ていた。
大半は別の店に移動するようだが、月は帰るらしい。

また若い俳優が彼女の肩を抱いているのを見て、考えるより先に
身体が動いていた。


「送ります」


俳優は驚いた顔をしていたが、酔いが醒めたような顔をして


「あ、じゃあお願いします」


と手を離した。




「昨日と同じホテルですか?」

「はい」


歩き出しながら、横目で彼女を観察する。
マフラーの上から覗いた頬が少し紅く見えるのは、気のせいか。
……いや、暖かい所から寒い所に出たので毛細血管が収縮しているだけだ。

少女は、今日もハイネックの首にマフラーをぐるぐる巻いているのが
いかにも日本の平均的な若者らしかった。

だが。

今日の、あの高笑い。
芝居としては「自らの罪の重さに耐えかねて発狂した」と見る所だろうが
私には、キラの開き直りに思えた。

つまり、私、Lに対する挑発。

この、隣を歩いている、ちょっと綺麗なだけでどこにでも居そうな少女が。
いや、犯罪者とはそういう物だ。
いかにも犯罪者でございと言った外見をぶら下げて歩いている方が珍しい。

キラの確率、50%。
心情的には80%と言いたい所だが。

しかしわざわざ私を挑発するのは何故だ?
自分がキラだとバレないと、高を括って楽しんでいるのか?
だとしたら、さっき共演者の男と親しげにしていたのも、挑発かも知れない。


「……ちやほやされて、中々楽しそうでしたね」


つい嫌味を言うと、少女は一瞬立ち止まった。


「は?」


ああ、そう言えば我々は社会的には知り合い程度の他人だ。
キラだという確証がない以上、ここは口説いておくべきだろう。


「まあ、あなた程の美人だ、粉を掛けるのが私だけではないというのは
 予想していましたが」

「でも、こうしてあなたに送って頂いています」

「……」


今度足が止まりかけたのは、私だった。

そうか……私を挑発したのは、彼女の方も私を放したくないからだ。
それはそうだろう。
キラなら、何とかLを始末したいと考える筈。

何とか私がLだという確証を得たい。
それから、名前が欲しい。

私が、彼女がキラではないと判断して彼女の前から姿を消すと困るという訳だ。

……95%。

最早、別件逮捕して取り調べても良い確率だ。
だが、他人には説明できない。
ただの勘だと言われても返す言葉が無い。
証拠がない。


「それは、私が彼等の中で一人抜けていると考えて良いですか?」

「一番危険がなさそうなので」


目の端で笑うのが、妙に蠱惑的だった。
取り敢えず口説き続けて、何とか身元だけでも把握したい。


「そうでもないですよ。男は、どんなに人畜無害そうに見えても
 魅力的な女性の前では狼になるものです」

「狼というよりは狐、ですね」


女は軽く肩を竦めて、話を私のコートに逸らした。
私を男として見るつもりはない、という事か。
いやもっと正確に言えば、


「本当に浮き世離れしているんですね……Lは」


キラとLとしての、決戦が近付いている、と言いたいのか。
既に否定する意味もないので、何も言わずにいると
月も前を向いて、手の中にはぁっと白い息を吐いた。






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