「友よ、見つけて」3
「友よ、見つけて」3








一次会が終わり、若い俳優とスタッフの一人が冗談のように
僕の肩を抱いて連れ去ろうとしたが、Lが今度は間に入ってくれた。


「送ります」


飲み会特有の浮いた空気を全く無視した、静かな、しかし断固とした声に
他の者達も鼻白んだように肩を竦める。


「あ、じゃあお願いします」

「送り狼にならないようにね、マイクロフト!」

「はぁ。お疲れ様でした」

「お疲れ−!」

「あ、月ちゃん、花はどうする?」

「申し訳ありませんが皆さんで分けて下さい」

「そう?またいつか一緒に仕事しましょー!」

「月ちゃん、メール待ってるよ!」


恐らくもう二度と会わない面々と、テンション高く社交辞令を交わして
あっさり別れる。
僕たちは急に静かになり、無言で雑踏を歩いた。


「昨日と同じホテルですか?」

「はい」

「……」

「……」


話が続かない。
どうやらこの男は僕がキラではないと判断して、もう用はないと
考えているような気もしてきた。


「……ちやほやされて、中々楽しそうでしたね」


だがおもむろに、男は沈黙を破って呟く。


「は?」

「まあ、あなた程の美人だ、粉を掛けるのが私だけではないというのは
 予想していましたが」

「……」


これは、拗ねて……いるのか?
いや、そういう演技か?


「でも、こうしてあなたに送って頂いています」

「……」


Lは無い眉を上げ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「それは、私が彼等の中で一人抜けていると考えて良いですか?」

「一番危険がなさそうなので」


目で笑いながら言うと、また拗ねたように顎を上げた。


「そうでもないですよ。男は、どんなに人畜無害そうに見えても
 魅力的な女性の前では狼になるものです」

「狼というよりは狐、ですね」


男のコートに目を遣りながら言うと、彼も不思議そうに自分の袖を見る。
上着を持っていないと言っていた男は、今日はTシャツの上に
成金趣味なシルバーフォックスの毛皮を羽織っていた。


「今日の昼間に買って貰いました。今夜もあなたを送りたくて」

「買って貰った?」

「はい……あ、勿論お金を出したのは私ですが、とにかく暖かい上着を、と
 人に頼んだので値段も知りません」

「それ、かなり良い物ですよ?」

「そうなんですか」


本気でどうでも良さそうな反応に、思わず笑ってしまう。
また会話が転がり始めた事にも安堵していた。


「本当に浮き世離れしているんですね……Lは」


冗談めかして探りを入れたが、Lは楽しそうな流し目でこちらを見ただけで
否定をしなかった。




そうこうする内に、またホテルに着く。
Lはまた部屋の前まで着いてきた。


「……では」

「……」


ドアを開けるが、Lは別れ難い雰囲気を醸し出しながらも
何も言わない。

ここで、コイツとの縁は切れてしまうのか?
折角Lを見つけ出したというのに……。

だが、絶対に自分から縋ってはいけない。
これまでの流れからして、それは怪しすぎる。

ここは……賭けてみるしかないか。


「もう、お会いする事はないと思いますが」


意を決して言うと、Lは指を咥え、意味ありげに僕を見つめた。


「そうなんですか?」

「お会いする理由がありません」

「折角キラとLが出会ったのに、このままお別れというのは
 勿体ないと思いませんか?」

「!」


……どう、勿体ないというんだ。
お互い相手を捕捉して、相手の息の根を止めたがっている。
その雌雄を決するチャンスを見逃すのが、勿体ない、という事か?

いや、ただの冗談かも知れないが、とにかく思惑通り釣れたんだ。


「そうかも知れませんね」

「では、また会ってくれますね?」


困った振りをして俯いていると、Lは半分ドアの中に身体を入れて、
僕を壁に押しつけるようにした。


「な、」

「これ、ありがとうございました」


僕の胸に、持っていた紙袋を押しつける。
中を覗くと昨日貸したカーディガンだった。

それともう一つ、白く光る長方形の物が。


「あの」

「私名義の携帯電話です。
 あなたの携帯の番号やメールアドレスは教えて貰えないでしょうから用意しました」

「……」

「私の番号とアドレスだけ登録してあります」


そう言ってLは、顔を近づけてきた。
これは……そういう雰囲気なのか?
急展開すぎて頭が着いていかない。

こんな……男にいきなりキスをされるなんて、予定外で。
俯くと、顎を持たれて頬に柔らかい肉が押しつけられた。

目を閉じて、息を吐く。
苦しい。
動悸が。
なんだこれ。

強く押しつけられたり、少し離れたりを繰り返していた肉は徐々に移動して
やがて僕の唇を捕らえた。

舌が。
微かに酒の匂いのする舌が、入り込んで来る……。
それは思いがけず違和感のない、気持ちが良いと言えなくも無い感触で。

やめてくれ!

舌で応えてしまいそうになった自分に動じて思わず強く押し返すと、
二人の身体に挟まれていた紙袋がぼとりと床に落ちた。


「あなたにもう会わないと言われたら、このカーディガンは
 記念に貰っておくつもりでした」

「……」

「連絡、待ってます」

「……」


何だそれ。何だそれ。
借りパク?頭がおかしいんじゃないか?

その目を見返す事が出来ず、勢いよく押し出してドアを閉じる。
その後はドアに耳を押しつけて、Lの足音が出来るだけ早く去ってくれるよう
祈り続けた。

今日の演技の変更について、一言も突っ込まれなかったな、と気付いたのは
だいぶ後になってからだった。






  • 「桜の枝を揺さぶって」1

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送