「友よ、見つけて」2 鏡に向かってイヤリングを外しながら考える。 昨日の記者と、変人の演出家。 どちらもLではない可能性はあるか? ならば観客席か、今後取材に来る媒体の中に居る事になるが。 ……いや、ないな。 演出家はほぼ間違いなく、Lだ。 僕をキラだと疑っているとわざわざ言うのは、僕に対する挑戦だ。 彼等が共にLの手下だという可能性もなくはないが……。 演出家の、あの鋭い挑発。 自分がLだとバレても構わないという、思い切りの良さ。 誰かの部下だとしたら、上に意見を聞いてからでなければ出来ない動きだろう。 つまり、彼に「上」はない。 彼が、Lだ。 「どう思う?リューク」 『ん?何がだ?』 「奴が、Lだよな?」 『かも知れないが、オレは名前は教えないぞ』 「ああ、構わない。言ってみただけだ」 服を脱ぎながら、考える。 何とかリュークに、奴の名前を書かせる手は無いものか……。 リンゴをたんまりやる? いや、そんな懐柔するような真似は舐められるな。 死神が自主的に、Lを殺さざるを得なくなるような方法。 ……そんな都合の良い方法があれば苦労はしないか。 それに、スマートじゃない。 僕は僕自身の力で、何とか出来る。 これくらいの事態、処置出来なければ今後新世界の神としてやって行けない。 『それにしても、ライトは凄いな』 「何が」 『服を脱ぐまでは、本当に人間のメスに見える』 「そのように振る舞ってるからね」 死神は九十度以上顔を回転させた。 『ところで人間のオス同士って交尾するのか?』 「え?」 『いや、あいつもオスだろ?お前が断らなかったら交尾したんじゃないのか?』 「普通しないよ……僕が女装してるから、僕が女だと思ってるというだけだ。 僕が男だと知ったらしたがらないよ」 『そんなものか』 死神の非常識には呆れたが、今後の事を考えるきっかけにはなった。 明日の公演が終われば表面的には縁が切れる筈だが、 せっかく見つけたLにこのまま雲隠れされても困る。 向こうも僕を逃がしたくはないだろう。 幸いにも、あいつは僕を口説こうとしている。 という体裁を取っている。 恐らく明日はもう一度食事に誘って来るだろうし、それを断れば 強引に身柄を拘束されるかも知れない。 それならば、適当に付き合いながら、あいつの本名なり アジトなりを探るべきだ。 出来れば僕がキラだという疑いを晴らし、協力者という立ち位置を得られれば、 それに越した事はない。 だが……適度に付き合うには、どうしたら良いだろうか……。 ハニートラップと言っても、深い仲にならなければ秘密は漏らさない、よな……。 最終日。 公演が終わった後に、これまでになく沢山の取材の予定が入った。 弱った……万が一、Lがこれまでの僕との遣り取りでキラではないと判断していたら。 舞台終了と共に姿をくらまされても困る。 昨日の会話を何度反芻しても、彼が本当に僕をキラだと疑っているのか、 冗談だったのか、判断できなかった。 僕は考えた末、演技を少しだけ変えた。 最後の方、泣き崩れる場面で、高笑いしたのだ。 これで演出家としてもLとしても、何か一言言わざるを得なくなっただろう。 舞台がはねた後、やはりみんなの反応は冷たかった。 当然だ、独断で話の余韻をがらりと変える変更をしてしまったのだから。 「本当に、すみません……勝手な事をして」 「全くよね」 「何だか、勝手に身体が動いてしまって」 「……」 脚本家は眉を顰めて煙草の煙を長く吐きだした後、ぽつりと言った。 「でもまあ、良かったわよ」 「……」 「舞台の神様に憑依されてしまうっていうのは、演劇経験が長いと 結構みんな身に覚えのある事なの。 そしてそれは大概『正解』なんだから……仕方ないわね」 そして一転、にこりと笑って、 「お疲れ様、月ちゃん。あなたは良くやったわ。 最初はどうなる事かと思ったけど、素晴らしかったわ」 僕を抱きしめた。 楽屋でシャワーを浴び終わり、着替え終わってもLが来なかったので青ざめたが、 片付け後の軽い打ち上げの席には現れたので胸を撫で下ろした。 乾杯後、演技について駄目出しされたり、今日の変更について揶揄われたりしたが にこにこと聞き流す。 その内、 「あれ、月ちゃんビールは?」 若い警官役の俳優がビール瓶を持って僕の隣に座り込んだ。 「未成年なので」 「大丈夫だよ、固い事言わないでさ」 「いえ、本当に」 何とかかわしていると、少し酔った俳優は僕の肩を抱いたり 太股に手を置いたりしてきた。 気持ち悪い……。 女はいつも、こんな事に耐えているのか……。 「本当に、もう演劇はしないの?」 「はい」 「惜しいなぁ。キラ以外にもはまり役、ありそうだけどな」 「折角ですが」 「まあ、もう芝居に誘ったりしないって誓うから、アドレス教えてくれない?」 「ははは。これから本当に、少し忙しい生活になるので」 「これ、俺の携帯番号とメアド。落ち着いたらまたメールちょうだいよ」 引きつり笑いをしながら相手をしていると、隅で膝を抱えた Lと目が合った。 一瞬助けてくれるかと思ったが、それどころか全く表情のない、 僕の全てを見透かそうとする洞のような目だった。
|