「友よ、見つけて」1
「友よ、見つけて」1








二日目の幕が上がるまで変人の演出家を見かけなかったので
安堵していたが。

公演終了後、帰り支度を整えているとやはりまた現れた。


「これから着替えます」

「では、待っています」

「……」


普通、女が(違うけど)着替えると言ったら遠慮して外に出ないか?
「邪魔だから出て行け」と言われていると、察しないか?


仕方なく着替えを持って衝立の後ろに隠れたが、演出家は気まずそうでもなく
悠々と寛いでいるようだった。


「月さんの日本語は、とてもきれいですね」


汗をかいた身体を拭っていると、男が上機嫌で話し掛けて来る。


「……普通だと思いますけど」

「お友だちと居る時も、今と同じしゃべり方ですか?」


不味いな、何か不自然だっただろうか?
いや、こいつは日本語を解するが外国人だ。
日本人スタッフにもバレていないのに、話し方で性別が分かる筈が無い。


「いいえ。でも、リューザキこそ上手な日本語を使われますね」

「今、話を逸らしました?」



何だコイツ……。
思考を読まれた……?


「お友だちとあなたの会話に言及すると、何か不味いですか?」

「……」


僕は、普段友だちとどんな会話をしている?


『ちょっと怖いけど爽快な気もするな、俺』

『はは、しかしこうなると悪い事できないな』


……別に、普通だ。
いや、女子高生の会話としては不自然か?
確かに化粧や流行りのスイーツの話を振られたら困るか。

しかしコイツの言動……ただの変人や、女好きではない、気がする。

……L……、か?

昨日は取材してきた雑誌の記者が「L」だと思ったが、
よく考えたら単発で近付いて来る保証なんてない。

いやむしろ、二手から攻めるのは、片方がLだと疑われてももう片方が残る、
残った方に対して油断する、巧妙な手だ。

……僕で無ければ、気付かなかっただろうが。
こいつがLである可能性は低くない、という事か。

これ以上余計な事は言うまい。
僕は黙ったまま身体を拭き、服を着た。





婦人物の服を着て(関係者にも僕が男である事は内密なので仕方ない……)
男の前に戻ると、少し眩しそうに目を細めた後、家まで送ると申し出て来た。

「結構です」と断るのは簡単だが……。

もう少し、様子を見てみたい。
こいつが本当にLならば、警察がこいつの正体に気付く前に
何とか処分してしまわなければ。


「噂になるのは好ましくないので、別々に出ましょうか、リューザキ」

「その手には乗りませんよ?」

「……」

「明日が最後なのだから、あなたは姿を消すのでしょう?
 噂になって困るのは私だけですが、私は平気です」


……必死だな。
そんなに僕に執着したら正体がバレるよ、リューザキ。
いや。それも偽名か。


「全く、用心深い。
 私はあなたを捲くつもりなんてありませんでした」

「そうですか。でも私は、月さんを絶対に逃がしたくないので」


なりふり構わない、言動。
もしお前が本当にLでなくて、女優の僕に惚れたのなら滑稽だが。
その可能性は、殆ど無いように思えてきた。


「何故そんなに私に構うのですか?
 何故そんなに私の事を知りたがるのですか?」


揶揄いたくなって馬鹿の振りをして尋ねると、


「あなたが美人だからです」


と即答した。


「それだけですか?」

「他にどんな可能性がありますか?」

「……」


はははっ。
今、それを訊くんだ?

速攻だな。
ゆっくり構える気はないという事か?

ならば僕も、勝負に出よう。


「キラだから」

「!」


男は、目を見開いて顔を引く。
自分から仕掛けておいて、驚きすぎだよ。
それとも、「いきなりキラの名前が出て驚いた」とでも言い訳するか?

だが今、飛躍的に跳ね上がった。
……こいつが、Lである、確率。


「というのはどうですか?
 あなたは舞台と現実の区別がつかなくなって、私が本当にキラだと
 思い込んでいる」

「……」

「とか」

「……」


男は何とか体勢を立て直すと、指を咥えて卑屈に笑った。


「良いですね……男として、キラをゲット出来たら
 ハリウッド女優と付き合う以上のステイタスですね」

「そうですか?キラを捕まえてステイタスになるのは
 男というよりは、むしろ『探偵』では?」


白状しろよ、L。
そして僕を疑いながら死ね。


「私が、演出家ではなく実は探偵だと?」

「ええ。しかも公演の企画が立ち上がる前に情報を掴んで
 こんなに簡単に演出家として潜り込めたんですから、」


出来ればデスノートで殺したかったが。
シャーロック・ホームズを上回る頭脳の持ち主だという、マイクロフトだなんて
絶対に偽名だろう。

だが、公的には僕とおまえには何の繋がりも無い。
善人だけが生きて行ける新世界の為には、僕は完全犯罪者にもなれる。

名前さえ知られなければ顔を曝しても大丈夫だと油断した、おまえの負けだ。


「……『L』」

「なるほど」

「としか考えられませんね」

「で、あなたは、キラ?」

「……」


僕たちは目を見合わせた後、数十年来の旧友のように、笑い合った。
まあ、そんなに簡単には認めないか。


「だとしたら面白いですが、残念ながら見当違いです。
 それよりも観客席の方に注目されては?」


それに、こいつがLではない可能性も少しは残っている。
もう少し様子を見るか。


気がつけば、リューザキと僕は話しながら歩いていた。
周囲には、仲が良さそうに見えていたかも知れない。

屋外に出て、コートを着ようとして気付く。
男は、手ぶらだ。
しかも長袖のTシャツ一枚。

仕方なくカーディガンを脱いで渡すと、妙に驚いていた。


「良いんですか?」

「私はコートがありますから」


男は親指の爪を噛みながら、気味悪く笑う。


「……好きになりますよ?」

「困ります」


答えると、またニヤニヤした。
気持ち悪いな……。

やはり、Lではないのか?
本当に、単なるストーカー気質の変人か?

すぐ近くのホテルに滞在している旨を言ったが、男は遠慮無く
着いて来る。
僕も敢えて拒まなかった。


「それで、あなたは本当にLなのですか?」

「さっきの話ですか?まさか。冗談ですよ」


まあ、僕がこいつでもそう答えるだろうな。
先程の、張り詰めた空気をそう何度も作るのは難しい。


「ははっ。では、私がキラだと疑っているというのも嘘ですか」

「いや、そこはガチで」


……ああ、嫌だ。
一日にそう何度も緊張を強いられるのは、消耗する。

そんな事を言えば自分がLだと言っているような物じゃないか。
何がしたいんだ、おまえ。


「変わった人ですね……キラだと思っている相手を、
 食事に誘うんですか」

「美人ですから」


顔しか見てないのか。
おまえが本当に女性を好きなストーカーなら、その答えは最悪だな。
僕が女だとしても、絶対に受け容れたくないタイプだ。

男はホテルの部屋に入りたそうだったが、襲われても困るし
落ち着いてゆっくり考えたかったのでドアを閉めた。

しばらく廊下に気配があったが、やがて踵を踏んだスニーカーの
ぺたぺたと言う足音が遠ざかって行った。






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