「ヤンキーは世界のどこへ行っても」3
「ヤンキーは世界のどこへ行っても」3









「というのはどうですか?
 あなたは舞台と現実の区別がつかなくなって、私が本当にキラだと
 思い込んでいる」

「……」

「とか」

「……」


何とか親しくなって、さりげなく尋問したいと思っていたが。
これでは、私の方が取り調べを受けているようだ。

面白い。

この女は、本当にキラかも知れない。
でなければ、とてつもなく頭の回る女だ。
あるいはその両方かも知れない。

20%。


「良いですね……男として、キラをゲット出来たら
 ハリウッド女優と付き合う以上のステイタスですね」

「そうですか?キラを捕まえてステイタスになるのは
 男というよりは、むしろ『探偵』では?」

「私が、演出家ではなく実は探偵だと?」


次々と、息が止まるような台詞を吐き続け。
考える暇も無いラリー。
アドレナリンが噴出する。
私をこんなに追い込んだ女は……いや、人間は、初めてだ。


「ええ。しかも公演の企画が立ち上がる前に情報を掴んで
 こんなに簡単に演出家として潜り込めたんですから」

「はい」


覚悟を決めて、少し背筋を伸ばす。
月は……女の癖に、舐めるような視線で私を見つめた。


「……『L』」

「なるほど」

「としか考えられませんね」

「で、あなたは、キラ?」


女は視線を逸らし、柔らかく微笑んだ。
緊張した空気が、霧散する。


「だとしたら面白いですが、残念ながら見当違いです。
 それよりも観客席の方に注目されては?」

「勿論そのつもりです。
 もしかしてキラをおびき寄せる為に、月さんがこの公演を企画してくれたのですか?」

「企画したのは私ではありませんよ」

「そうでしょうか?」


私達は自然に肩を並べて歩き始めていた。
私は猫背なので、彼女の方が頭の位置が高い。


「お疲れ様でした」

「はい、」

「朝日さん、明日の千秋楽は……」

「お疲れっす!」

「打ち上げの場所、念の為にメールしときますね」


スタッフと次々と挨拶を交わしながら関係者出口に向かう。
私との取り合わせを、皆奇異の目で見ていたが直接私に言葉を掛ける者はなく
彼女も背筋を伸ばし、堂々としていた。


外に出ると腕に掛けていたダウンコートを取り、私を見つめる。


「上着、ないんですか?」

「持ってませんね」

「本当に?寒くありませんか?」

「寒いです」


本当に、早春の夜は骨身に染みた。
しかし滅多に外に出る事はないし、車での送迎が多いので
上着の類いを所有していないのも本当だ。

月は呆れたように笑ってカーディガンを脱ぎ、私に差し出してくれた。


「良いんですか?」

「私はコートがありますから」

「……好きになりますよ?」

「困ります」


確かにカーディガン一枚では焼け石に水だが
私は彼女と繋がりが出来た事を喜んだ。

キラの確率5%減……いや、やはり20%のままだ。


「食事、行かないですか?」

「食欲がないので」

「残念です。車、呼びましょうか」

「今は徒歩五分程のホテルに泊まっています」

「ああ、では送ります」


彼女のカーディガンは緩いデザインで、男物とも女物ともつかない。
身長も変わらないのでサイズ的にピッタリだった。

それにしても、女性をエスコートして歩くのは、久しぶりだ。
しかも容疑者となると……初めてだ。

キラの能力は計り知れない。
名前が分からなければ殺せないようだが、直接会えば何とかなる手段が
あるのかも知れない。

彼女がキラだとしたら、私は今日死ぬかも知れない。


「それで、あなたは本当にLなのですか?」

「さっきの話ですか?まさか。冗談ですよ」

「ははっ。では、私がキラだと疑っているというのも嘘ですか」

「いや、そこはガチで」


彼女は肩を竦める。
ハイネックの襟が、その首の長さを強調する。
そう言えば、舞台衣装もマオカラーだったな。


「変わった人ですね……キラだと思っている相手を、
 食事に誘うんですか」

「美人ですから」

「あなたはそんな軽薄な人に見えませんが?」

「そんな事ないですよ?私、美人もキラも大好物なんです」

「食べ物として?」

「そう。食べ物として」


月との軽い会話は意外にも楽しいものだった。
そうこうする内に、ホテルの到着する。
当たり前の顔をして部屋の前まで着いていったが、彼女はくるりと振り向いて


「今日はありがとうございました。おやすみなさい」


取り付く島もない切り口上で言って、にこりと笑った。


「はぁ……おやすみなさい。あ、」

「何か?」

「カーディガン、お返しします」

「良いですよ。この後滞在先に戻られるのに寒いでしょう?」

「今晩はもう外に出ない、という選択肢も有りかと思いますが」

「無しです」


そう言って彼女はまたにっこりと笑い、私の鼻先でドアを閉めた。






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