「ヤンキーは世界のどこへ行っても」2 部屋で待っていると、バスローブを着た少女が髪を拭きながら現れた。 舞台の上よりは小さく見えるが、東洋人の女性としてはやはり長身だ。 そんな事よりも。 聡明な筈なのに、話が噛み合わない……いや、話を逸らされている? つい苛立って強引に距離を詰めようとすると、鼻で笑われた。 「傲慢な人ね」 「何がですか?」 「あなたは東洋の女性は自己主張をしない人形だと思っている」 ……そんな話はしていないのだが。 もしかして私は、本当に東洋の女を人形のように思っているのだろうか? などと、自省してしまいそうになる。 いや……今はそんな事はどうでも良い。 この少女がキラである確率……多く見積もっても、5%。 「その思い込みの規格から外れた私を思い通りにして、満足したいだけでしょう?」 ……私は、彼女を抱きたい、のか? 彼女を征服したいのだろうか……。 だとすれば、私は自分で分析しているよりも、彼女がキラだと思っているのか。 プロファイリングに一致するから。 イメージ通りだから。 ……不味いな。 そんな先入観は捨てなければ。 「そんなつもりは」 彼女の……朝日月の澄んだ目が、真っ直ぐに私を射すくめる。 キラなら、こんな風に真っ直ぐな目は出来ないだろうと思う。 と同時に、この上なくキラらしい、とも思う。 キラの確率……7%。 今後の為にも何とか友好的に別れたいと思ったが 彼女の返事は木で鼻を括ったようで。 結局口げんかのようになり、私は生まれて初めての敗北感にまみれて 楽屋を後にした。 ワタリが帰宅する朝日月を尾行してくれたが、ホテルに戻ったらしい。 宿泊者名簿をハッキングしたが、住所は出鱈目だった。 最悪、千秋楽の後、尾行し続ける事になるかも知れない。 だが出来れば……その前にもう少し近付きたかった。 個人的興味からだけでは、ない。 翌日は、前売りチケットがあまり売れていなかった割に大入り満員だった。 初日の評判が良かったからかも知れない。 私は演劇の事など何も分からない。 演出家など完全に名ばかりだし、スタッフも皆それは分かっているだろう。 それでも何となく、嬉しい気持ちになった。 こんな急拵えの芝居、しかも主演は素人。 それでも評価されるのは、朝日月の器量でもある。 キラ……かも知れない、女。 目を閉じなくとも、シャワーカーテンの隙間からちらりと覗いた目、 洗い髪で私の目の前に現れた、上気した顔が、思い浮かぶ。 あの若さで、あの男あしらい。 大胆で、用心深い。 聡明なのに、時に子どものように拗ねる。 一筋縄では行かない……まるで舞台の上の、キラそのものだ。 幕が下りて、また彼女の楽屋を訪れる。 本来新人が一人部屋を貰う事はないだろうが、主演に抜擢されているのと それ以上に紅一点である事が大きく、彼女は優遇されていた。 「……また、来たのですか」 彼女は私の顔を見て軽くうんざりしたように言った。 とは言え、昨夜はシャワーを浴びていた時間だから、 私の訪問を予想して用心していたのかも知れない。 「はい。どうしてもまたお話したくなって。 あ、もうメイクは落としたんですね?」 「これから着替えます」 「では、待っています」 月は美しい眉を顰め、私が出て行くのを待っていたようだが 居座ったので、ハンガーを持って衝立の向こう側に行った。 「昨日も思いましたが、月さん、結構固い割にその辺り不用心なんですね」 「何がですか」 衣擦れの音が聞こえる。 衝立の布の下に、舞台衣装がばさりと落ちる。 「知らない男の前で肌を見せたり、着替える事に躊躇いがない」 「躊躇いましたよ、多少は。 でも、舞台衣装のまま帰宅する訳にも行きませんから」 「そういう、割り切りの早い所が……こう言っては失礼ですが 女性にしては男らしいですね」 「……」 不快げに柳眉を逆立てているのが、想像がつく。 月は無言で着替え続けていた。 沈黙に、また、衣擦れが響き渡る。 それがこれほど艶めかしい音だと、この年まで知らなかった。 「……洗面所で、タオルを濡らしてくれませんか」 「はい?」 「今日はシャワーを浴びないつもりでしたが、やはり気持ち悪いので少し拭きたい」 「ああ……拭いて差し上げましょうか?」 「出て行って下さい」 「嘘です。冗談です」 確か女子高生と聞いたが。 月の日本語は、非常に普通なのだが、普通過ぎて現実離れしている気がした。 今時の女子高生なら、軽いセクハラに「むかつく」とか「うざい」とか 返す物なのではないのだろうか? それとも私がネットで把握している日本の若者言葉は、実用的ではないのだろうか。 「どうぞ」 「恐れ入ります」 衝立の上から絞ったタオルを手渡し、また離れる。 それだけの遣り取りだが、昨夜の石鹸と同じく妙にぞくりとした。 布一枚隔てた向こうで、妙齢の女性があられもない姿で居る……。 普段の私なら、だからと言って感情を乱す事はあり得ないのだが 今日は……霞が掛かったかのように、視界が悪く感じた。 「月さんの日本語は、とてもきれいですね」 「……普通だと思いますけど」 「お友だちと居る時も、今と同じしゃべり方ですか?」 「いいえ。でも、リューザキこそ上手な日本語を使われますね」 「今、話を逸らしました?」 「……」 「お友だちとあなたの会話に言及すると、何か不味いですか?」 「……」 月はしばらく無言で身体を拭いているようだったが、やがて ワンピースと長めのカーディガンを身に付けて出て来た。 ローウエストのクラシカルなスタイルは、全く今風ではなかったが 彼女のスレンダーな身体に良く似合っている。 「お待たせしました」 「はい」 「で、何のご用でしょう?」 「さっきも言ったように、あなたとお話したかっただけです。 あ、もう帰れますよね?送ります」 「……」 月は少し首を傾げて私を値踏みするように見つめた後、小さく頷いた。 「噂になるのは好ましくないので、別々に出ましょうか、リューザキ」 「その手には乗りませんよ?」 「……」 「明日が最後なのだから、あなたは姿を消すのでしょう? 噂になって困るのは私だけですが、私は平気です」 月は苦笑いをしながら小さく溜め息を吐いた。 「全く、用心深い。 私はあなたを捲くつもりなんてありませんでした」 「そうですか。でも私は、月さんを絶対に逃がしたくないので」 「どうして?」 「?」 「何故そんなに私に構うのですか? 何故そんなに私の事を知りたがるのですか?」 男が女に構う理由……それを改めて訊いて来るというのは。 見た目より幼いのか。 いや……この用心深さ。 キラ、なのか? ……10%。 「あなたが美人だからです」 「それだけですか?」 「他にどんな可能性がありますか?」 月は目を伏せて少し考えた後、ニヤリと笑って答えた。 「キラだから」 「!」
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