「ヤンキーは世界のどこへ行っても」1 ……死刑囚が、恐ろしい程の確率で心臓麻痺で突然死を迎える例が増えている。 そんな話を聞いたのは、メキシコの不可解死を解決した直後だった。 普段なら、看守が金目当てにやったのだろうと軽く流す所だが 少し調べて見ると確かに、主に先進国を中心に数カ国で同じ事が起きている。 更に詳しく調べ、数時間の内にそれらが偶然ではなく、しかも 日本が一番最初なのではないかと、私は推理した。 各国の被害者、報道のデータを調べ上げ、自分なりにキラの所在地である 可能性が高い場所からランキングして行く。 1.日本、関東 2.日本、関西 3.日本、東北・北海道 4.日本、四国・九州 5.アメリカ、ニューヨーク州 6.アメリカ、デトロイト州 ・ ・ ・ 現地のTV番組を時間差でジャック出来るだろうか。 キラを挑発して反応を見たいのだが……。 そう何度でも使える手ではないし、時差を考えるとアメリカで放映する頃には 情報が出回っていて無意味になっているだろう。 日本に居て貰わなければ面目が立たないな。 まあ、その辺りは躊躇しても仕方が無い。 報道されていない死刑囚を手配し、TV放映を順番にジャックする手筈を整えたが。 最初に挑発した日本の、しかも関東で、キラは面白いように簡単に釣れた。 だがそれは……恐ろしい現実でもあった。 キラは間違いなく、人間を遠隔で殺せる。 しかも、間違える。 キラは神などではない。 リンド・L・テイラーを躊躇いなく殺したが、もし彼が本当にLであったら。 死刑囚でなかったら。 無実の人間をあっさり殺した事になる。 キラは、人間だ。 しかも思慮深く狡い大人ではない……子どもだ。 基本的に公憤の為に人を殺す、歪んだ正義感に取り憑かれた子ども。 しかも自分に逆らう者があれば、罪がなくとも迷い無く殺せる、 ……自覚のない、悪魔。 日本の関東に居住する、7歳〜22歳までの、自由にPCが使える環境にある しかも絶対に馬鹿ではない子ども……。 それが私のキラのプロファイリングだった。 その日本の警察から何度も協力要請が来たが、私は断り続けた。 日本の法律は少年に甘い。 私が年齢一桁の子どもまで容疑者に入れていると知ったら動きにくくなるだろう。 もっと容疑者を絞り込み、キラである決定的証拠を掴む。 警察と協力するのはそれからで良い。 私は密かに拠点を東京に移し、捜査を続けた。 日本でもキラは話題になっていたが、その中で気になる企画が 立ち上がっているのを知った。 「キラの正体に迫る」、という謳い文句の舞台が計画されているらしい。 恐らく、箸にも棒にも掛からない三文芝居だろうが。 キラ自身が見に来る可能性は、低くない。 私はワタリに言って、出資する代わりに演出家という肩書きで 参加出来るよう手配させた。 筋を聞けばやはり馬鹿馬鹿しい、キラは恋する超能力少女という内容だったが キラが年若い事、精神的に幼い部分は私のプロファイリングと合致していて 他にも二、三、気になる情報が盛り込まれている。 一応、脚本家を何度も調べたが、彼はどうにもキラとは思えなかった。 キラ役に抜擢されたという女の子は、背が高く、物静かな印象だった。 この子がキラ……確かに、イメージと合わなくは、ない。 あの中性的な脚本家と同じ感性だと思うと我ながら妙な気分だが。 そして舞台の幕が開く。 何故か、時は前世紀半ばの中国。 文化大革命前の、華やかさと退廃と、世の中が大きく動く直前特有の 不穏な空気の入り交じった中、商家の娘として何不自由なく育ったヒロインは たった一度の恋に、人生と社会をも狂わせて行く……という話だった。 大したセットもなく、登場人物も多くない話なので舞台脇からでも よく見える。 スポットライトを浴びた少女は……ちらりと挨拶した時とは別人のように、 何かが憑依したかのように神秘的に見えた。 ……若い警官を恋する余りに窶れた少女に、ある日神の啓示が訪れる。 彼女が望んだ人物を、遠くから殺せるという能力だ。 最初は信じなかった少女が、偶々町で見かけた立て籠もり犯を 殺すよう念じる。 それで自らの能力に確信を得るのは、私がTVで推理した事を 元にしているのだろう。 立て籠もり犯を包囲していた若い警官は、明らかに安堵の表情を見せた。 それを見た少女は、これこそが自分の使命だと感じた……。 それから、氷のような冷徹さと恋の炎に焼かれた愚かさの間を漂いながら 少女は罪を重ねていく。 最終的には若い警官と対峙するのだが、そのせいで自らの罪の重さに気付き 自らを殺すように念じる……。 と言った内容で他愛もないが。 キラ役の少女は面白かった。 この私ですら、最後には、この子が本当にキラなのではないか、と 思ってしまった程に。 ……いや。 可能性はないではない、か。 だとしたら余りにも大胆な所行ではあるが。 何しろ彼女は頑なに正体を隠している。 私はワタリに、彼女の自宅を突き止めるよう指示した。 彼女にインタビューしたワタリの報告を聞くと、物語の中で 私が気になった部分に、彼女のアイデアが入っている事が分かった。 本来はもう少し慎重に作戦を練るべきかも知れない。 いつもの私ならそうする。 だが今回、いつにない物理的な近さに、私は居ても立っても居られず 彼女の楽屋を訪ねた。 シャワーを浴びているようなので、こっそりとドアを開けると 気配を察していたのか、真っ直ぐにこちらを向いている目と目が合った。 悲鳴でも上げられたら飛びかかって口を押さえるつもりだったが 少女は目も逸らさず無言で見返して来る。 「……石鹸を、取ってくれますか?」 シャワーカーテンの向こうに隠れ、白い手だけをこちらに差し出す。 その整脈が浮いた、湯の滴る手首と、低く柔らかな声に 何故か心拍数が跳ね上がった。 石鹸を乗せると、またビロードのような声で「ありがとうございます」と 静かに呟くように答える。 何となく逃げ出したいような気分になったが、気力を絞って シャワーカーテンの向こう側に話し掛けた。 「いや、大した物ですね、月さん」 「はぁ……」 「この状況でその冷静さを保っていられるというのはただ事じゃないです」 「ならばこの状況がかなり非常識だという事は分かってらっしゃるんですね?」 「……」 ……思ったよりも、気が強い。 恐らく負けず嫌い。 キラのプロファイルに、合致する。 ……この、シャワーカーテンの向こうに、もしかしたらキラが。 ……生身の、キラが。 そう思うと、数々の大犯罪者と渡り合ってきた私ともあろう者が 胸苦しくなって、シャワーの音に紛れて逃げ出してしまった。
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