「さあ一足よ」 2
「さあ一足よ」 2








羽二重をつけ、派手な舞台化粧をし、ロングヘアのカツラを被ると
鏡の中に居たのは見た事のない女性だった。

思わず、溜め息を吐く。

演技指導をしてくれた講師も他の役者も、芝居で食って行かないかと
勧めてくれた程僕の芝居は上手いらしいが。

女優として上手いと言われても複雑だ。

身の安全の為、僕は「女性」として芝居に参加する。
僕が男だと知っているのは、脚本家だけ。
他にバレれば彼自身の立場もないので漏れる事はないだろう。

勿論、パンフレットに書かれる名前も偽名……というか芸名だし、
女優として出演して、しかも舞台化粧なら、もし僕の友人に見られても
「キラ役=夜神ライト」だとは気付かないだろう、という狙いだ。


「やっぱり月(つき)ちゃんはロングの方が似合うわ!
 地毛も伸ばしたら?」

「ははは。ありがとうございます」


このカマ脚本家!
僕が男だという事を本気で忘れていそうで怖い。


「いやぁ、しかし月ちゃんは新人とは思えない貫禄だなぁ」

「そんな事」

「本当に、初舞台の初日が近いってのに落ち着き払ってるし」

「とんでもない。内心口から心臓が飛び出そうですよ」

「だとしても、それを見せないんだから、大した物だ。
 やっぱり、天職だよ天職。今回限りと言わず、是非続けてみないか?」


一応僕の立場は、脚本家が発掘した素人で、
脚本家のキラのイメージにあまりにもぴったりだったので
今回限りという事で無理矢理出演させられた、という事になっている。

こういう設定は本気で芝居をしている人達には受け容れられ難く、
最初は当然のようにぎくしゃくしたが、やがて打ち解けた。
自分のコミニュケーションスキルに感謝したい。



今話題のキラをテーマにしている事、カマ脚本家が実は結構な有名人だった事、
海外から演出家を呼んだ事、上演期間が短い事などで注目が集まり、
初日の入りは良かった。

僕も、観客席の中にLが居るかも知れないと思うと演技も気合いが入り、
「本番では更に強いタイプ」とまた褒められた。



舞台がはねると同時に取材をしたい、という雑誌が一つだけあったので
舞台衣装のまま、化粧だけ軽く直して脚本家と一緒にロビーに向かう。

そこはイギリスの演劇雑誌と言う事で、きちっとしたスーツの白人の老人、
金髪を長めに伸ばしたライターが来ていた。


「はじめまして。よろしくお願い致します」

「はじめまして!日本語がお上手ねぇ!」

「ええ、我々の取材は絶対通訳を通さず、現地語を話せるスタッフが
 直接記事を書くのがモットーです。
 えっと……そちらが主演女優の」

「朝日月です。よろしくお願いします」


意識して少し声を高く、語尾を柔らかくする。
ここしばらくの訓練でお手の物だ。


「では早速ですが今回、世界が注目するキラ事件を扱うという事で……
 怖くはなかったですか?」

「そうねぇ、怖くない訳じゃないけど、演劇の神に逆らう事は出来ないわ。
 インスピレーションが来たのよ、インスピレーションが」


何を言ってやがる、警察から依頼を受けてから考えたくせに。
こいつも食えない男だ。


「キラ像について、恋する女性だという発想は一体どこから?」

「だからインスピレーションね。
 敢えて言うなら、日本の歌舞伎で……」


脚本家が適当に(主に『インスピレーションよ!』で済ませて)答えている間、
僕は黙ったままニコニコと笑いながら時々頷いたりしていた。
しばらく金髪と脚本家が筋などについてやりとりをした後、徐に老人が口を開く。


「ちょっとよろしいですか?主演の朝日月さんにも、少しお話を」

「はい、大丈夫ですよ」

「朝日月さん……失礼ながら本名ではないですよね?」

「勿論。芸能活動を続けるつもりがない、という事もありますし
 キラ役をするのですから、やはり本名は曝せません」

「どういった所からつけられたのでしょうか?」

「『菜の花や 月は東に日は西に』という俳句があります。
 その光景が気に入っているのですが、そのまま夕日月では語呂が悪いので
 朝日月にしてみました」

「なるほど」


用意して置いた当たり障りのない答えに、感心したように頷いて何やらメモしている。


「ところで、『キラ』が得た超能力……最初はその能力の使い方が分からず、
 少しづつ実験していく下りですが。
 先程ここは月さんのアイデアだったと仰っていましたが?」

「ええ……まあ」


カマ脚本家が口を滑らせやがった不味い事を、ピンポイントで突っ込んで来る。
だが、この程度なら大丈夫か……。


「あまりにも主人公に都合が良い能力では、リアリティに欠けると思いまして。
 それに、探偵のLが証明した『顔が分からなければ殺せない』という条件は
 後々主人公を破滅させるのに使えると思いました」


言いながら注意深く二人を観察していると……Lの名前を出した瞬間も、
二人ともぴくりとも動じなかった。


「……」


……コイツら……。

キラと言えば、L。
あのTVジャック事件以来、誰もが連想せずにはいられない名前だ。

実際、今まで受けたいくつかの取材では、先方からLをどう思うか、と聞かれたり
そうでなくともこちらが名前を出せば「待ってました!」とばかりにニヤつかれたりした。

それが、逆に違和感のあるこの反応のなさ。

……間違いない。
彼等がLか、あるいはその手先だ。


「所で朝日さんはまだ高校生でいらっしゃるとか?」

「はい」

「この時期にこういった活動をされるという事は、一年生か二年生でしょうか」


ああ、そう言えばセンター試験が近いな。
常識的に考えれば、寝る間も惜しんで勉強をしていなければならない頃だろう。


「大学に行かない、という選択肢も考えられますね」


これ以上こいつらに情報を与えるのは不味い。
と、わざと茶化したが、老人は首を捻った。


「あなたは大変聡明な方だ。それに裕福に育たれたのも見て取れます。
 大学に行かない、と言う事は考えがたいのですが」

「……」


しまった……もしかして、Lがプロファイリングしている「キラ」は、
「裕福な高校生」なのだろうか。
だとしたら侮っていた。

確かに犯罪者選びの傾向から推理出来ないではないだろうが……
思った以上の勘の良さだ。


「どうか、私の正体探しはもう」

「ああ、これは失礼しました」


Lらしき老人と金髪は、それから脚本家に少し質疑応答を重ねた後、
去って行った。






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