ルナ 2 脳裏に蘇る、PC画面。 その理詰め過ぎる棋風、そしてHNから、勝手にこまっしゃくれた女の子かと 想像していたが。 本名由来だったのか。 「二年程前ですね」 「そう」 「私がネットで一般人と対戦していた期間はたった一ヶ月です。 よくタイミングが合いましたね?」 「本当だな。奇遇としか言えない、僕も偶々ネットチェスを始めた頃だったから」 ……当時働きづめだった私に、ワイミーが無理矢理休暇を取らせたのだ。 一ヶ月。 地中海にでも行って泳いで来いと言われたが、全くその気になれなかった。 私は米ドルが使える南国で、しかも「観光地ではない」という点だけで 中米のエルサルバドルを滞在先に選んだが、やはり暇を持て余した。 そこでやっと見つけた暇潰しが、ネットでチェスをする事だったのだ……。 「あれだけ強かったのに、急にネット上から消えたから 一体どうしたんだって結構噂になってたよ」 「単純に忙しくなったんです」 「そうか……僕はそれから結構探したし、いつか『El salvador』に勝つ為に チェスの勉強を頑張ったんだけどな」 そう言って夜神は、微笑みながら駒を片付ける。 口惜しさを、精一杯隠してるのが透けて見えた。 「でも、あの『El salvador』とこうして直接対戦できたとは……光栄だよ」 「はい。私も、『luna』は可愛い女の子かと思っていたので……。 まあ、こうしてその答えが分かって、良かったです」 こんな奇遇があるのか、と思いながら、私は『luna』との対戦の 棋譜を思い浮かべる。 チェスの手引き書の、お手本のような指し筋。 常に、大多数が最善手とするであろう手を指し、ミスがなかった。 あの時十六、七歳か……自分で指していたとすれば大した物だ。 私は、70%くらいはコンピュータと打たされていると感じて居たから。 (私に勝つために躍起になって、そういう事をする輩も居たのだ) しかし「彼女」には、チェスやあらゆるボードゲームに必要な…… 「ひらめき」が無かった。 結果、私のちょっとした奇手に動じて、自滅して行ったが。 それに比べれば今日は、随分進歩していた。 良い意味で人間らしさ、自由な発想がプラスされていた。 ……現在の「luna」は、「自我」を手に入れた、スーパーコンピュータだ。 そこまで考えて、何故かゾクリとする。 遠からず彼は、私を越える……。 遅くに手に入れた「自我」を振り翳して、暴走する……。 「どうした?」 声を掛けられて、思考を止めた。 夜神は盤を持って立ち上がり、物問いたげな笑顔を見せている。 「いえ……次に対戦したら負けるかも知れないな、と思いまして。 次があれば、ですが」 「勝つよ、次は」 「……」 夜神の屈託無い筈の笑顔が、自信に満ちた不遜なそれに変わった。 ように見えた。 「で、どうする?」 「ああ……賭けですか」 「そう。約束通り、何でも聞くよ。 明日一日おまえの召使い、とかでも良い」 そう言って夜神は手に持った盤を盆に見立て、執事のような気取った仕草で 一礼してから棚に戻す。 「分かりました。では、させて下さい」 「え?何を?」 「あなたの肉体を、私に提供して下さい。今夜」 「え……」 夜神は口を半分開いて呆気にとられた顔をした。 真顔で見つめていると、怖じ気づいたように一歩下がる。 しかしすぐに、そんな自分を恥じたように逆に近付いて来た。 「よく……、分からないけど。僕は何をすれば良いんだ?」 「素っ裸になってベッドに横たわってくれればそれで良いです。 あとは、都度私の指示に従って下さい」 「……」 夜神は私が冗談で言っているのか本気なのか、少し考えているようだったが いずれにせよ指示に従う以外ない、と気付いたのだろう。 感心にも文句も言わず、パジャマを脱ぎ始めた。 「シャツは後で着るので鎖に通したままで良いです。 シャワーを浴びるような状況になれば、その時に外しましょう」 「……」 私がベッドに向かうと、仕方なくと言った様子で着いて来て ズボンと下着を……こちらは少し躊躇いながら、脱ぐ。 「合ってる?これで」 「はい」 私の言った通りに行動した訳だが、異様な状況を確認したかったのだろう。 私は敢えて普段通りに、言葉少なに答えた。 「その……僕がキラかとか、聞かないの」 「聞いたら正直に答えてくれるんですか?」 「答える」 「なら、聞きません。その返答で答えは分かりますし」 「……」 「あなたは自分がキラであると、正直に答えるつもりは毛頭無い」 「おい!」 「あるいは」 喋りながらTシャツを脱ぐと、夜神は口を噤んだ。 「本当に、キラである自覚が全くない」 「……そっちだよ」 ベッドの上によじ登ると、夜神は気不味そうに目を逸らした。 「どちらにせよ、あなたからは『キラじゃない』という返答しかない訳ですから。 今はあなたをキラ容疑者ではない、一般人として扱う事にしました。 例えば、『luna』」 「……僕が一介のチェスマニアなら、そういう事がしたいのか? おまえはゲイなのか?」 「という訳でもありません。私は『luna』は女の子だと思っていましたし」 そう言って枕を指差すと、夜神は恨みがましく私を睨んだまま ゆっくりと横たわった。 「……おまえ、本当に大概外に行かないんだな」 「何故ですか?」 「今まで、腹より顔の方が白い人間に出会った事がない」 「そんな物ですか」 「手とか。絶対少しは日に焼けるものだろう。 白い白いと思ってはいたし、あまりにも白いから化粧でもしてるのかと 思った事もあるけど、そうじゃない事が今分かったよ」 「私の気を悪くして、その気を無くさせる作戦ですか」 「……」 夜神はまた気不味い顔をして、頬に血を上らせた。 「勿論……今更前言を撤回したりはしない。 好きにして良い……初めてだから、上手く行かないかも知れないけど」 「それはあなたがする心配ではありません」 そう言ってジーンズとトランクスを一緒に下ろすと、夜神は目を丸くして 顔を引き攣らせる。 私は、勃起していた。
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