ルナ 1
ルナ 1








夜神と手錠で繋がれて三週間。
キラの殺人は止まらず、全く手詰まりの状態が続いていた。




「竜崎」


夜、皆が引き上げてそれぞれシャワーを浴びた後、夜神が声を掛けてきたのは
そんな時だった。


「何でしょう」

「チェスは、出来るか?」


唐突だな……しかし意味の無い雑談ではあるまい。
私の把握する夜神のキャラクターからして。


「勿論」

「自信ありそうだな」

「それがどうかしましたか?」

「実は僕も、強いんだ。ネット対戦でも殆ど負けた事がない」


相づちを打つのも面倒で、無言で続きを促すと、夜神は一度息を吸った後
まっすぐと私の目を見て


「今から一局どうだ?」


と言った。
その気合いから見て、ただの遊びではないのだろう。
それもそうだ。
普段なら明日の捜査に備えて、無駄口も叩かず就寝している時刻なのだから。


「何を賭けるんですか?」


夜神は私の答えが予想通り、と言うように頬を緩めた。


「察しが良いな……」

「我々に、潰さなければならないような暇はないでしょう」

「その通りだ、無駄な駆け引きは止めておこう。
 ……負けた方が、勝った方の言う事を無条件で聞く、というのはどうだ?」

「……」


それは、賭けというのは基本そういう物だろう。
その内容を尋ねたつもりなのだが。
しかし。


「何でも、ですね?分かりました」


それも一興。
と、ただ頷くと、夜神は安堵したのか少し眉を開いた。
だが備品のチェスが置いてある棚を指差すとまた顔を顰める。


「その、すぐに他人を使う癖、やめないか?
 僕はおまえの召使いじゃない」

「それがチェスに勝った時の条件ですか?」

「違う。一般的な提案だ」


それでも、溜め息を吐きながらも持ってくる所は人が良い。
まあ、夜神の発案なのだから当然と言えば当然か。


「あ、一応言っておくけれど、物理的に不可能な事や人として道義に外れた事は
 無理だからな」

「例えば?」

「五分後にブラジルに居ろとか。自分がキラだと認めて逮捕されろとか」


私はそんな幼稚な事を言いそうに見えるのか……見えるのだろうな。


「無理ですか?」

「ブラジルは頓知で良ければ何とかするけど、キラじゃないのに
 キラにはなれない」

「なるほど。では、絶対に正直に答えるという条件で質問をしたりするのは
 有りですね?」

「それは、当然有りだ」


夜神は自信ありげに頷いた。

嘘を吐いても絶対にバレないと高を括っているのか、それとも……。
本当に、キラだった自覚がないのか。


「ならば、月くんは何故こんな勝負を仕掛けてきたんですか?
 私に普通に頼んでは聞いて貰えない要求があって、それを通したいという事ですよね?」

「分かってるじゃないか」


夜神は俯いて駒を並べながら、何気ない口調で続けた。


「手錠を、外して欲しい」


兵。騎士。兵。僧正。
端から、几帳面に並べていく。
どちらかと言えば少数派の並べ順かも知れない、過去に所用で見たチェス大会では
大概横に一列目か二列目をまず並べていた。


「それは無理な事ではないのですか?」

「物理的にも道義的にも無理じゃない」

「……私には、キラを野放しにしろと、私の命を捨てろと言っているように聞こえますが」

「違う」


わざと挑発してみたが、夜神は上目遣いに私を睨んだだけで
静かに否定する。


「分かりました。大勝負ですね。
 当然あなたにもそれだけの物を賭けて貰います」


夜神は頷いて盤上を睨んだ。
私は、自分の駒を並べ始めた。






「どうしました?」


真夜中過ぎ。
窓から見える摩天楼も、さすがに明かりが減ってきている。
勿論、一晩中消えない明かりもあるのだが。

夜神は長い長い間手で口を押さえながら盤上を見つめていたが、
やがて背もたれに凭れた。


「……投了だ」

「ありがとうございました」

「……ありがとうございました」


夜神に礼を言われた事にも、私に対して使った事の無い丁寧な言葉だったのにも
驚いたが、ボードゲームが終わった後の、日本の風習なのだろうか。


「ここのポーンを取った時が勝負の分かれ目でしたね」

「そうだな。読みが甘かった」

「いえ。なかなかお見事でした」


実際、さすが自信を持っていただけあってかなりの腕前だった。
イギリスに行けば、プロとしてやっていけるかも知れない。

危ない局面も、いくつかあった。
しかし私の相手ではない。
恐らく、まだ。


「竜崎、もしかしてネットでチェスした事ある?」


駒を集めながら、夜神が口を開く。


「ありますよ。というか殆どの対戦経験がネット上です」

「『El salvador』っていう……」


夜神は、彼には珍しく言葉の途中で何かに気づき、口を「あ」の形にした。


「エル……」

「はい。それ、私のチェスネームの一つですね」

「知ってる。よく観戦してた」

「そうなんですか」

「恐らくプロの誰かだろうって下馬評だった、とにかく強かったから。
 僕も一度だけ、対戦して貰った事があるんだ」

「HNは?」

「……『luna』」






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