恋煩 7
恋煩 7








シャワーも浴びずに微睡んでいると、ピピピ、と呼び出し音が鳴る。
夜神は呻きながら私のジーンズを引き寄せ、ポケットから携帯電話を取り出した。
ここへ来る時に没収したのだが、どうやらそれを忘れているか、忘れた振りをしているようだ。


「……はい」

「スピーカにして下さい」


小声で言うと、夜神は顔を顰めたが素直にスピーカボタンを押す。


『あ、夜神くん?寝とった?』

「いえ……今日はお疲れ様でした」


電話の主は、一緒に合宿に行ったゼミの先輩のようだ。
確か旨いカレーを作る……。


『おう。お疲れのとこごめんなぁ』

「大丈夫です」

『今自宅?』

「えっと……」


私の顔を見ながら少し迷った後、


「自宅というか、下宿先です」

『夜神くんって下宿組やったっけ』

「まあ……あの」

『僕、夜神くんにミニ六法借りたやんか』

「あー……はい」

『返したつもりやってんけど、鞄に入っとってん。ごめんな』

「ああ、いえ。大丈夫です」

『明日パンキョー何限?その時返すわ』


夜神はまた私を見る。


「明日は取り敢えず休みます」

「ええと。実は体調が優れなくて、明日は休もうかと」

『マジで?そんなら今日届けるわ。
 今どうせ外でふらふらしてるし』

「いや、そんな」

『見舞いがてら、お詫びがてら、何か食べやすいもん持ってったるわ。
 っちゅうか、』


スピーカだから意味はないのだが、少し声を顰めて。


『誰か側にいてはるん?』

「……」

『彼女?……いや、流河くん?』


コイツも勘の良すぎる男だ。
私は硬直している夜神から携帯電話を奪い取った。


「流河です。はい、夜神くん今私の下宿にいます」

『あ、ああ、そう。体調どない?』

「夜神くんは良くはなさそうですね。私は元気です」

『さよか。そんなら、そっちに届けるわ。住所くれる?』


私は電話を切り、このマンションの住所をメールで送った。


「マジで?いいのか?」

「はい。ですからここは一般人に溶け込む為の住所ですから」

「……というか、何故笑ってるんだ」

「笑ってました?私」


私はベッドから出て、シャワールームに向かった。


「待てよ、僕も、」

「一緒に浴びます?」

「いや……」

「夜神くんはゆっくりしていて下さい。
 体調が悪い事になっているんですから、私が受け取ります」


それから洗濯したシャツとジーンズを身に付けて、紅茶を飲む。
程なく呼び鈴が鳴った。
早いな、その方が都合が良いが。


『……流河くん?』

「はい。開けましたのでそのまま入って来て下さい。5801です」


エントランスを開け、コンシェルジュへの連絡ボタンを押し、エレベータを作動させる。
やがてこの部屋の呼び鈴を押した男は、まだ目を見開いていた。


「はい、どうぞ」


部屋に招き入れると、窓まで真っ直ぐに向かって東京の町を見下ろす。


「うっわー、自分、凄い所に住んでるんやなぁ。実はめっちゃ金持ちなん?」

「まあそこそこです」

「マジで『流河さん』って呼ばなあかんのちゃうん。夜神くんは?」

「今シャワー浴びてます」


男はアメリカ人のように「ワオ」と口の形だけで言った。


「具合悪いん違った?」

「声、掛けて来ます」

「いや、別に、」


手を振るのを無視してシャワールームに向かおうとすると、夜神の方からばたばたと出て来た。
濡れ髪で、バスローブを掻き込んでいる。


「ちょ、流河、着る物これしか、」


と言いかけて先輩に気付くと、目を見開いて耳を赤くした。






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